夫婦喧嘩

「おい てめえ!何度言ったら分かんだよ!」「このグズ野郎!生きてる価値ねえな!!」「次は離婚だからな!!死ね!!」

「ふざけてんのか!ぶっ殺すぞ!!!」



先日引越してきたばかりのお隣さんの部屋から毎晩聞こえてくる夫婦喧嘩の怒声。


今夜も、うんざりするような罵詈雑言が聞こえてくる。

最近の私の悩みの種である。




「初めまして。本日お隣に越してきました田中と申します。夫婦二人暮らしです。どうぞよろしくお願い致します。」


そう丁寧に頭を下げながら引越しの挨拶に来てくれた奥さんは、とても温厚で大人しい女性に見えたのだが。



毎晩聞こえてくる夫婦喧嘩の声はなので、この声の主はあの大人しそうな彼女ということになる。


本当は今すぐにでも玄関チャイムを鳴らして騒音のクレームを入れたいのだが、実際に見た彼女の印象とのギャップがそれを躊躇させる。


あの大人しそうな奥さんがこんな口汚く怒声を上げているという事実に、なんだか不気味さを感じるのである。




不気味といえば、のも気になる。


これだけの罵声を毎晩毎晩浴びながら、一言も。本当にただの一言も声を荒らげないというのは、相当な忍耐力を感じる。



一体どれだけ我慢強い旦那さんなのだろう?



まだ奥さんの姿しか見たことがない私としては、どんな旦那さんなのか少し気になってしまう。




その翌日、私が玄関を開けて外に出ると、ちょうどお隣さんの玄関も開いた。



ガチャリ。



1人の男性が出てきた。


彼は、こちらのほうを一瞥して、微かに会釈をしたようにも見えた。



彼は、手に白い杖を持っていた。




ああ、そうか。









(了)

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