〈赤面〉・中
おぞましい化け物の姿になったステラは、ソラと少女の二人に叫んだあと、川に飛び込んだ。
そして川のほとりから流れの急な方へと向かい、そのまま流れに揉まれて水の底へと沈んで消えた。
二人はこのおそろしいできごとを前に身動きがとれず、ただただステラの沈んだ川の底を見つめているだけであった。
この一件から、ソラに変化が起きた。
まず一番の変化としては、ソラが全く男女交際をしなくなったこと。
…それもそのはず、ソラがひとたび好きになった少女と付き合いだすと、ソラの涼しげな目はすぐさま血走り、
結局、ソラの交際相手は最初こそソラのことを心配するものの、ずっと腫れたままでいるソラの顔の醜さを気味悪がり、交際を始めてもすぐに別れてしまうのである。
不思議なことに、このソラの顔の腫れは交際相手と別れたあとすぐに、何事もなかったかのように引いて腫れる前の顔に戻るのである。
…きっと呪いだ。ステラの。
ソラは確信した。確信したと同時に自分の今までの行いを独り省みて、その行いの残酷さと卑劣さをようやく自覚した。
それからのソラは、まるで罪人が自分の犯した過ちを償うかのように、必死に働き続けた。
遊ぶ心を捨て、人におだてられても流されず、暮らしに不平不満を言わず、修道僧のごとく清く貧しい生活を送った。
ソラには、同い年の幼馴染みの少女がいた。名前はアスカという。ソラとアスカは隣近所同士で、お互いに相手を“異性”として見るよりも、まるで兄弟のような、何でも気兼ねなく言い合えるほどの仲である。
アスカはソラの良き相談相手であり、ソラは悩み事があると、いつもアスカに話を聞いてもらった。日々の何気ない生活のこと、付き合い始めたときのこと、その相手と別れたこと…
アスカはソラの行いに複雑な思いを抱きつつ、いつもその行いを厳しく注意するのだが、それでも最後はソラにとって最善の結果になるようともに考えてくれるのである。
ソラはそんなアスカの存在がありがたかった。
ソラはアスカに、ステラと付き合い始めてから別れたときの話、そして別れた後に川のほとりで起こった出来事の話、人と付き合うたびに顔が醜く腫れあがる話をした。
目は血走り、瞼はすり切れ、頬は赤く腫れ上がり、いつもの涼しげな美しい顔とは程遠く、醜く変わり果てたソラの顔を見ても、アスカは驚かなかった。
むしろアスカはソラの相談をいつも以上に、真剣に聞いてくれた。
ソラが真面目に働き始めたのもこのアスカの助言によるものである。
ソラにわわからなかった。なぜアスカが他の人と同じように、軽蔑的な視線でソラの醜い顔を見て、関わることを拒絶しないのか。なぜこんなにも親身になって相談に乗ってくれるのか。心配してくれるのか。
「本当に、ありがとう。」
ソラはアスカに心からお礼を言った。今のソラには感謝することしか思いつかなかった。
アスカがいなければ、自分はどうなってたかわからない。きっと自分の過ちを認められず、自分の変わり果てた顔に耐えきれずに自暴自棄になっていたに違いない。
でも同時に、なぜアスカが自分に対してそんなに親身になるのかがわからなかった。
「なんでそこまで親身になってくれるんだい?君はただ、僕とは家が隣なだけだろう?」
ソラは思わずアスカに訊いた。
「別に何も、今に始まったことじゃないでしょ?」
アスカはくすりと笑いながらソラに言った。ソラが人に真面目にお礼を言うなんて珍しい。
「それに幼馴染み同士、困ったときはお互い様でしょ?」
何気なく放たれた言葉であったが、今のソラにはその一言がどれだけありがたく、心に強く響いたことか。
自分の大切な人って、こんなに近くにいたんだ。
アスカに悟られないよう、ソラは独り、物の陰で涙を流した。
得て初めて気づくものもあるが、同時に失って初めて気づくものもある。普通の暮らしが一番大切で、その一番大切なものは、いつも身近にあるんだ。なんでもっと早く気づかなかったんだろう…。
後悔と身近な幸せを噛みしめて、涙を流したソラの頬には、あの
《続》
夢の灯火 夢見草 @yumemisou
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