〈赤面〉・上

 昔々あるところに、背の高く、顔がたいへん整った少年がいました。少年の名はソラと言いました。

 ソラは町じゅうどこへ行っても綺麗な顔立ちだとささやかれ、その評判はソラを見た町中の少女なら誰しもが一度はお付き合いをしてみたいと思うほどでした。

 月日が経つにつれて、ソラは自分の背が高く、異性に好まれる顔立ちをしていることに気づきはじめました。



 ソラが自分の容姿に完全に自信を持った頃…



 自分の美しさに酔いしれたソラは、自分の好みの少女を町で見かけては声をかけ、付き合い、相手を散々自分の好きなようにあつかったあと、飽きれば別れるという身勝手極まりない“遊び”を繰り返しました。

 ソラの日々の素行はますます悪くなるばかりで、このソラの心ない“遊び”のせいで傷つき、涙を流した少女は数えきれないほどでした。



 ある日ソラは、町で出会った一人の少女と付き合いました。その少女の名はステラといいました。

 ステラは至って普通の家庭で生まれ育った町娘でしたが、容姿端麗なうえ、頭も良く、そして何より品位があり、気高い少女でした。

 ステラはソラが自分のことを相応ふさわしい女性だと認めてくれたことに大いに喜び、ソラのためにならどんな努力も惜しみませんでした。


 しかしあるとき、ソラはいつものようにステラとの交際に飽きて、突然ステラに別れを告げていっさい会うのをやめてしまいました。

 プライドの高いステラは、自分がソラに飽きられたこと、別れを告げられたこと、いっさい会ってくれなくなっことにとてもショックを受けて、遂には心と身体を壊して寝込んでしまいました。



…そう、ステラはソラのことが大好きだったのです。

 


 ステラは三日三晩、食事もろくに手をつけず枕に顔をうずめて泣き続けました。

 目は血走り、まぶたはこすったことで擦り切れて、頬は涙で真っ赤に腫れ上がりました。

 ようやく落ち着きを取り戻したステラは、まだ引かぬ顔の火照りを冷ますため、秘密の川のほとりへ向かいました。

 この秘密の川のほとりは、ステラが大好きな、そして自分とソラしか知らない、特別な場所でした。

 ステラが川のほとりに近づいたとき、ステラは秘密の川のほとりに先着がいることに気付きました。

 おそるおそる木陰から川のほとりにをのぞくと、そこにはなんと、あのソラがいたのでした。

 ステラは顔の腫れも忘れて、思わず嬉しくなりました。


「やっと会いにきてくれたんだ!捨てられてなんていなかったんだ!!」


 しかしそんなステラの喜びも、すぐに消えてなくなりました。なぜならソラの隣には、見知らぬ少女がいたのです。

 二人が川のほとりにで仲良さそうに寄り添っている姿を見たステラは、再び絶望と悲しみの底に突き落とされました。

 しかし涙をすでに枯らし、声を潰し、何もかもを出し尽くしたステラには、もうこれ以上絶望や悲しみを身体の外へ逃がすすべがありません。

 絶望と悲しみに押し潰されたステラのすさんだ心には、気づけば腹の奥底から赤黒い、血反吐ちへどのような一つの感情が込み上げてきました。

 


---裏切られた憎しみ。憎悪。

 


 ぶくぶくとあぶくのように噴きこぼれた憎しみは、ステラの絶望と悲しみの心を覆い尽くし、ステラをおぞましい化け物に豹変させました。


 ステラものは川のほとりにいる二人へ真っ直ぐに向かい、目の前に幽霊のようにたたずむと、二人を凄まじく憎悪に満ちた目で凝視し、こう語りかけました。

『お前に好きな人ができた時、私はお前の顔を変えてやる。目は血走り、瞼はすり切れ、頬は腫れ上がる…三日三晩、私が悲しみに暮れて苦しんだ時のように。』

 そして化け物は苦痛のあまりうなるような、それでいてどこか切なく、悲しみを含んだ金切り声で天に向かって叫びました。



『愛する者に裏切られ、見捨てられる者の気持ちを、その身に思い知れ!』



『そして償え!』



                   《続く》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る