おるウェイズ・フェウス&フェンズ⭐
感 嘆詩
スターたち
河原で目覚める。
いつものように。
石を握りしめた。
ざらざらと、ごりごりと、
おだやかな川の声が、背中を伝って響いてくる気がした。
ここは賽の河原。死んだ子どもが石を積む場所。
石を積んでは崩されて、功徳を積んでは崩されて。延々と繰り返し罪を償う場所。
僕たちの罪は、親より先に死んだことだ。
「あー、あーあー!赤鬼ちゃーん?まずいんじゃないのぉそれ!?お偉いさんにバレたらさぁーあー」
「うぐっ。お前は!ばあかな、なぜここに!?」
「告げ口しないでおいてやるよぉー?俺ってばやさしいーからぁ?」
中には悪行三昧で罰を受けてそうなやつもいるが。
あの子は、僕らの周りではトリックスター、と呼ばれている。獄卒の弱みを握ったり、他の子に貸しを作ったりして上手にこの賽の河原で暮らしていた。
今は、獄卒の赤鬼さんが、えぐいローライズの虎パンツを履いて来たのを見咎めての言葉だ。
獄卒たちは制服の着用に厳しいので、うっかり私服の虎パンツを履いてきたのがバレたら懲罰ものなのである。正直、虎パンツなんてどれも同じだとおもうのだが。
「お前、出るとこ出てもいいんだぞ。その後ろの小山はなんだ?」
「形の良い石をあつめてるだけでぇーす。別に積んでないから合法でーす」
「なら今あから崩しても」
「パアーンツ!風紀乱しそうなパァーンツゥをぉ赤」
「あわわわわ!分あかった!分あかった!私が悪かった!」
こうして脅して、赤鬼さんや青鬼さん、上司のゲーミング鬼さんまで見て見ぬふりさせて石積みの塔を完成させようとしていた。
遠くにうっすらと光る針山地獄を絶景かな絶景かなと眺めつつ、河原を散歩する。1日のノルマが終わったら、他の子の様子を見て回るのが最近の僕の趣味になっていた。
こうも長いこと石積みをしていたら、そりゃ飽きてくる。鬼さんたちの手を煩わせないようほどほどに敬意を払って、ほどほどに石を積んで、何事もほどほど、神風立てずに生活していれば向こうも怖がらせるようなお仕置きはせず、今みたいに制帽を脱いで会釈などしてくれる間柄になれる。
むきになって石を積んでも空しいだけさ。
僕はりゅうせい。僕もまた罰を受ける子の1人だ。
カチャカチャと軽快な音が滑り込み、すぐにガシャンと崩れる音が続いて聞こえてきた。それが何度も。今日は実践の日にしたのか。少し早足で向かう。
この子はスピードスター。高速で石を積むことに心血を注いでいる。寡黙だが人当たりも良く、トリックスターとは違ってみんなから慕われている。眼鏡は伊達である。
今日みたいにずっと石を積む日と、動かず積み方を思案する日がランダムに来るのでアップダウンが激しく、鬼さん達にかかる負担はトリックスターと大差ないが。
確実に前より積み方が早くなっており、担当の朱鬼さんがゼェゼェ言いながら崩している。この人もローライズ虎パンツだ。金棒も改造して軽量化、というかほとんど警棒みたいにしているのだが、相手が相手なので特別にお目こぼしされていた。
重たい金棒じゃあスピードスターの石積みに追い付けないからね。ローライズはなんでお目こぼしされているんだろうか?何か動き易さとかに関わっているのかもしれない。
「ふう。対戦ありがとうございました」
「ど、どういたしゅましゅて」
朱鬼さんヘロヘロだ。一歩も動けずにみじゅ、みじゅ、と喘いでいたので川まで引っ張ってうつ伏せにしてあげた。ガボゴボグボッとたらふく飲んでいる。鬼さん達の僕に対する評価もこれでまた上がることだろう。
「凄いね。もうすぐ積み終わって極楽に行けるんじゃないかい?」
「ああ、キミか。いや……」
余り嬉しく無さそうである。お地蔵さんがふらりとやってくる以外で成仏出来た子は今まで見たことないので、凄い快挙だと思うのだけど。
「キミも、極楽に行きたくて石を積むのかい?」
遠くで何やら他の子と無理やり肩を組んで、ひそひそと脅している風なトリックスター、それをぼんやり見ながら呟くスピードスター。
「え、うん。そうかな」
手に持った石を強く握りしめた。嘘だ。とっくに諦めてしまっている。
「アイツ、妹が心配なんだって。こっちに居ないから、きっと親フコーはしなかったんだろうけど、極楽に会いに行きたいらしい」
「みんなそんなもんじゃない?家族に会いたいよそりゃ」
世間一般ではそうなのだろう。と、思う。
「オレ、生きてた頃はゲームしてたんだ。ずっと」
テレビゲームというやつか。最近の子から良く聞く。楽しそうなことは伝わってくるけど全然想像できない。
「でも別に好きってわけじゃない。ハンノーソクドがジンルイのゲンカイチカイらしくて、それでプロゲーマーやってたんだ。とりあえずお金があれば、好きなこと見つけたときに困らないかなって」
今日はやけに喋るスピードスター。本人は、熱くなれない自分に嫌気がさしてるみたいな風に言っているけど、
「この石積みもヒマ潰しだし。もし、極楽に行ったら何をすれば良いんだろうね?悩みも何も無い場所なんだろ向こうは?」
もうすぐ積み終わるトリックスターに、その熱量に、この子も引っ張られてる。この子だけじゃない。他の子達もそわそわ落ち着きないもの。
「極楽じゃ、もしかして好きになれるものも無いんだろうかって、そう思うと怖いんだ、オレ」
石を強く握りしめる。ざらざらと、ごりごりと、擦れる音が手から伝わってきて、また僕だけが、1人ぼっちな気がした。
「そういえば、スピードスターはどうして死んだんだい?」
退屈ならぬ窮屈しのぎの、何てこと無い話を振った。お天気の話題に代わる賽の河原の鉄板である。何しろここは地獄の一丁目なので、天気は常に曇りか暴風、たまに血の雨が降るくらいだからね。
「……誰にも言うなよ?…………修行の、ゲームのし過ぎで水分摂り忘れたんだ」
脱水症状だったらしい。笑えない。まあ、死因なんてどれも笑えないんだけど、普段ならはぐらかす話題を、今回はつい溢してしまう辺り、みんな。みんなみんな。トリックスターに引っ張られてる。引っ張られて、成仏するんだ。僕を置いて。
「どういうことだ?」
トリックスターの、普段の畝った喋り方ではなく、至極マジな声音の問いかけ。部下鬼が居並ぶ中で、ゲーミング鬼さんは怯え、というよりは申し訳ない、という雰囲気で答える。
「閻魔さまにバレた。明日までにあの小山は撤去するように、とのことだ、我々にも、明日から厳重なチェックがはいる」
鬼さん達は既に、着崩した制服を整え、えぐい虎ローライズから正式な虎ハイレグに履き変えていた。虎パンツ、ハイもローもどっちも変わらないと思うんだけど。えぐいて。どっちも。
「その、こう言うことも問題なのだが、お前の計画、楽しみにしていた。痛快だったよ。……すまん」
トリックスターの目には、決してゲーミング鬼さんの1680万色点滅によるものではない潤み、が生まれていた。
目が、しょぼしょぼする。
無言でトリックの肩に手を置くスピード。
「俺に同情すんじゃねぇ!水でも飲んでろカラカラ野郎!」
乱雑に振り払い去っていくトリックスター。無言で肩越しにこちらを見つめるスピードスター。すぐに僕だとバレた。そりゃそうだ。いや、だって、バラシちゃうよそりゃ。こちとら子どもなんだぜ?
「別にいい。いや、何だ、キミにも人間臭いところがあったんだな。安心した」
人を何だと思ってるんだ。
ソリ遊びをしている子どもたちを横目に河原を歩く。トリックスターがいつもナワバリにしている小山の所へ向かった。慰めたいとかそんな前向きな感情ではなく、後ろめたさを抱えながら。
「実はよ、お婆ちゃんになるまで長生きして、そして極楽に行ったことを鬼達から聞いてた。でもよ。安心したらよ。会いたいんだよ。すっげえ会いたいんだ」
ぼろぼろと泣いていた。
「チクったのお前だろ?」
こちらにもバレてた。
「顔に直ぐ出んだよお前。そんな死にそうな面するくらいならやんなきゃ良いのに」
いや、もう今さら死なないよ。死んでるから。
「ヒユヒョーゲンだよ。どうせ寂しくてついやっちまったんだろ?別にいい」
石を強く握る。
「何でだよ!」
「いや何で?こっちこそ何でだよ。何でお前が怒るんだよ」
「妹に会いたいんだろ?僕は邪魔したんだぞ!あれだけ、努力したのに!?」
「でも、俺の努力は悪いことだし。いつかバチが当たるさ。バチ当たりだから俺たち石積みしてんだろ?」
……何だよ。子どもの癖に大人ぶって。
「いや、お前も子どもじゃねぇか」
「……ごめん。ごめんなさい」
「わかったから泣くな泣くな」
「泣いてない!」
「はいはい泣いてない泣いてない。まあ、悪いことして成仏しようと腹括ってきたんだこっちは。いろいろと考えてる。イチかバチかになるけどよ」
翌日、虎ハイレグパンツ、というかレオタード着た鬼さん達が、トリックスターの小山に集まってきた。
「では、撤去する」
近場で石積みをしていた子どもたちもソリ遊びをして子どもたちも動くのをやめ、淡々と見守っている。
俯くトリックスターを尻目にざらざらと、ごりごりと崩されていく小山。崩された石たちはソリの上にも積み上がり、そのままソリたちは、先ほど滑っていた頂上に向かった。
石で重くなった分ゆっくりだが、何てことのない風に自然に。気づいた頃には手遅れだ。
「ハギャ?あなた達、何しとるんだギ!?」
萩鬼さんの指摘を合図に、一斉に走り出すソリの子達。いつの間にかその先頭をきるトリックスター。
みんな、鬼さん達もこの僕も今この時まで全く気付かなかった!実はもう一個、もっと大きい小山が近くにあったのだ!しかし、子ども達の遊び場として普段使っていたからこれが第二の小山とは全然気づかなかった。何か最近ソリ遊びしている子が多いなとは思っていたけど、河原と言えば土手でソリをするものだと固定観念にしばられてた!賽の河原だったここは!
「こっちを最終調整して成仏をめざす!やろうども!やってやるぞぉ!」
「「「「「おおー!」」」」」
ソリの子達だけでなく、石積みをしていた子どもたちも動き出す。石を積み出す。一斉に。慌てて崩しながら叫ぶ
「しまった!くそほぉ!こっちの処理をパンクさせる気だぞほぉ!」
これでそれぞれの子の担当の鬼さん達はその場から釘付け、または石積みを崩してからトリックスターを追いかけ、ちょっと第二小山を崩してはまた走って担当の子の石を崩してのピストン運動を強いられる。恐ろしい作戦だった。
「こんのガキどうもがぁ!ぶち殺すどう!」
「やめろ赤銅鬼!今の時代、センシティブだから恫喝は禁止お。だから見た目もこんなに可愛くしたんだしお」
赤銅鬼さんを
そういう経緯で見た目変わったんだ。威圧感でないように。でも別の件で引っ掛かりそう。走る二人を眺めているが、虎ハイレグのせいでお尻なんてもう丸出しみたいなものだし。
「
恐らくは名前を呼んだのだろうが、昨今の個人情報保護の観点から規制を受けて、モザイク処理のようにあらゆる妹の概念に拡散した何かを叫ぶトリックスター。第二の小山の頂を踏みつけ天を睨む。
「お前の兄ちゃんは!1抜けするような卑怯者じゃねぇ!見てろよ!全員だ!全員成仏させるぜぇー!」
「「「「「おおー!」」」」」
「「「「「させるかー!」」」」」
全員が一丸となり動いていた。鬼も子も。ディフェンスもオフェンスも1つの
ーヒューッ、ドロドロドロドロドロッー
そこにつんざく地獄重機の重低音が聞こえ、みんなが取り付く第二小山の向こう側から地獄ブルドーザーが走ってくる。実物は始めてみた!図鑑でしか知らないからみんな大はしゃぎである。
「ばあかめ!この私が、お前の動きに気付いてないとでも思ったあかー!」
「赤鬼、てめぇ!」
スピードスター担当の朱鬼さんが対策として金棒を改造したように、赤鬼さんもトリックスター対策に金棒を改造申請していたらしい。良く見ればブルドーザーの操縦席のレバーとかに金棒の名残がなくもない。
鬼さんの秘密兵器がギリギリの所で間に合った。間に合ってしまった。もうダメか、と誰もが思ったとき、
「大丈夫。まだ、オレがいる」
ブルドーザーの前にはスピードスター!危ない!轢かれる!
ウラメシャッ!と地獄衝突の音が聞こえ、鬼も子も目を背ける中、彼だけは、スピードスターだけは目を背けなかった。背けず、淡々と石を置いていた。何時ものように。いつも以上に。
「な、ばあかなー!地獄ブルドーザーの《崩す概念》をッ上回るほどの《積み力》ッ!を、もってるというのあかぁぁぁか!」
何か教わったことのないワードが出てきた。
「も、もうどうにでもしゅて」
僕の横では完全に処理オーバーになった朱鬼さんが汗まみれの肉体はめろめろ状態で倒れていた。スピードスターが、ついに、本気をだしたんだ。この子も僕の方を見てウィンクする。流行ってるのか。
「オレも、生まれて初めて、熱くなった!……気がする。ここは任せろ!いけぇ!成仏しろぉーー!」
「「「成仏しろー!」」」
味方の応援としては最悪だな、って思う。死ねって言ってるようなものじゃない?
「まだだ!なぜ私がゲーミング鬼と呼ばれているか教えてやる!1680万色!正確には1677万7216色の鬼に分裂することの出来る地獄
でも、僕も、僕だって、ここまでされて熱くならない訳がない。お姉ちゃんだって言ってた。力ずくじゃあ動かないけど、楽しそうだと気になって扉開いちゃう、と。心の扉を、僕は開かれたんだ!
ーウラメシャァ!ー
「スキル発どあびぃーち!」
ゲーミング鬼さんを後ろから急襲。総数約1680万色のカラーを真っ赤に弾ける柘榴色に固定した。とてもビビットな光景である。どちらかと言えばペイズリーな、かもしれない。
「……
トリックスターに窘められる。うん。やりすぎた。
ざらざらと、ごりごりと、握りしめた石を見つめる。ずいぶんと長いこと、握りしめていた。さざれ石が巌となるように。長いこと。握力でいくつもの石を圧縮してこのサイズに納めてきた。片手で持ち歩けて楽だし、鬼さん達の手も煩わせない。
……いや、もう自分を騙すのはよそう。歴代の担当鬼さん達はみんな恐怖で青色系統の鬼さんに進化して辞めていったじゃないか。
トリックスターともスピードスターとも違う。これが僕、
この片手で掴めるサイズの石で、トリックスターの小山分の質量がある。伊達に
「まっ、終わりよければすべてよしってな。逝くぞ?龍征」
「極楽かぁ。こんどは、夢中になれるもの見つけられそうかな。ほら、逝くぞりゅうせい」
後光が差すトリックスターにスピードスター、
「ごめん。僕は逝けない」
「今さら怖いのか?」
とスピードスター。力をセーブしてまでここに留まっていたこの子は、なんだか僕に親近感を抱いていたようだった。
「ううん。単純に犯した罪がデカすぎて成仏出来ないだけ」
「なにしたんだよお前ホントによ」
ちなみにトリックスターは妹感を抱いていたらしい。だからほっとけないし、怒れない、と言っていた。
「お姉ちゃんの田んぼの水止めたり、あとウン」
「いややっぱり聞きたくねぇ」
「お父さんに呼ばれたのに来ないお兄ちゃんをぶち」
「ごめんオレも聞きたくない」
スピードスターまで。なんだいなんだい。良いことだってしたんだぞ。
「女装して酔わせてから首を」
「いやそれも聞きたくねぇ」
「じゃあ女装して酔わせてから尻を」
「うんそれも聞きたくない」
なんだいなんだい。地獄ブルドーザーに、握りしめた石を押し付けながら笑いあう。赤鬼さんは恐怖でターコイズブルー鬼さんに進化していた。虎ハイレグも恐怖でぐっしょりである。後で乗せて貰おうと思ってたのだけど。
「ま、そんな事情なら仕方ねぇか。いつか成仏した時に会いにこいよ?」
「やっぱりオレも残ろうか?」
と、それぞれが宣う。優しい子たちだ。他の子たちもみんな。ナックルダスターもジェットコースターもゾンビマスターとも別れを惜しみ、親愛の口付けを交わして見送った。
光が消え、また賽の河原の空はくもりに戻った。時々暴風とところにより血の雨だ。
「みな、逝ってしまいましたな」
閻魔さんの声が背中から聞こえてきた。
「うん」
「なに、またすぐ賑やかなになりますよ。いや、決して良いことではないですが」
そうだ。今回は何時もより、ちょっと早まっただけなのだ。別に石の塔を積みきらなくても、繰り返し積む作業でだってちょっとずつ功徳ポイントは貯まっていくし、地蔵菩薩さんのランダム湧きというボーナスタイムもある。別れなんて、早いか遅いかの違いしかない。それでもやっぱり1人は、置いていかれるのは寂しいのだ。
「え、あれ?もしかして泣いてる?……ブフッ。ブフフフブラフマッ。鬼の目にも涙やんウケる」
ウラメシャッ!した。伊達に
「早く成仏してほしいこの人。人?人か?なんか混ざってない?」
元が何鬼さんか知らないが、ピーコックブルー鬼さんが涙目に何か嘆いていた。
石を握りしめた。
いつもと違って
ざらざらと、ごりごりと、
みしみしと、べきべきと、
沢山の石を、雪だるまでも作るようにごろごろ転がして巻き込み圧縮していく。
少しでも早く成仏出来るように、少し頑張ってみることにした。河原中の石を全部積めば、もしかしたらこの曇り空を突き破って、極楽まで届くかもしれない。僕の功徳が。
「ここは地獄だ」
穏やかな柘榴鬼さんの声が足下から響いてきた気がした。
ここは賽の河原。死んだ子どもが石を積む場所。
僕の罪は、親より先に死んだこと。あと、その他たくさんたくさん、だ。
おるウェイズ・フェウス&フェンズ⭐ 感 嘆詩 @kantananaomoshiro
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