懐中時計

 エドワードの本家で訓練を始めてから1週間が経過したころ、エドワードの店に来客があった。

 後ろで一つにまとめられた肩より少し長いストレートの黒髪にヘーゼル色の瞳。あきらかにオーダーメードとわかる濃いグレーに細いストライプの入ったスーツは、ジェレミーよりも少し高めの身長ですらりとした体型にとても良く似合っていた。

 そして店に入ってきた彼にエドワードが笑顔を見せたところを見ると、どうやらエドワードと旧知の仲らしい。


「久しぶりだね、レオン」

「半年ぶりか?」

「そんなになるかな。元気そうでなによりだよ」

「君もね」


 するとレオンと呼ばれた人物が、エドワードの後ろに立っていたジェレミーを見る。


「彼とは初めまして、かな?」

「あぁ、そうだね。僕の友人でジェレミーだよ。ジェレミー、彼はレオン・ベルナール」


 エドワードに名前を紹介されると、レオンはジェレミーの方に向かって右手を差し出した。


「初めまして、レオン・ベルナールだ。エドワードとは仕事関係で知り合ってね。それ以来たまにこうやってお互い行き来する仲というわけだ」

「初めまして、ジェレミー・カートレットです。エドワードとは最近知り合ったばかりなんです」

「へぇ…。その割には随分と仲が良さそうで羨ましいね」


 なぜか意味深な視線を向けられ、ジェレミーがたじろぐ。そんなやりとりを見ていたエドワードが「今日はどうしたの?」と声を掛けた。


「あぁ、そうそう。君に手に入れて欲しい商品があったんだった」


 どうやら仕事の話らしいのを察したジェレミーが席を外そうとしたが、それをエドワードが止める。


「気にしなくていいよ。そっちのソファにでも座って待ってて」

「…わかった」


 そんな二人のやりとりを黙って見ていたレオンだったが、エドワードに一枚の写真を見せた。

 写真には金色の懐中時計が写っていた。形はごく普通の懐中時計だったが、盤面が特徴的で漆黒の盤面に金色の文字と針がついている。


「これは…盤面はオニキス?」


 盤面が黒というだけなら他にもあるが、盤面がオニキスで作られているものは珍しい。


「流石エドワード。そう、この時計の盤面はオニキスでできている。ある顧客から頼まれてね、こっちでも探してみたがお手上げだ。そしてこういう物なら君の方が詳しいだろう?」


(オニキス…?)


 聞くともなしに聞いていたジェレミーだったが、時計の特徴が聞こえて来た途端、意識をそっちに持っていかれた。

 何故なら、その特徴を持つ時計を自分は持っているからだ。

 二人に気づかれないよう、そっと自分のポケットから時計を取り出す。今は止まったままの懐中時計は、レオンが言った通りの特徴を持っていた。

 そもそも、元の世界でアンティークショップを尋ねた理由もこの時計の修理を頼むつもりだったからだ。

 だが自分とレオンに接点はなく、彼がこの時計を探しているとは限らない。


(似たような時計があるのかもしれないし)


 そう思って特に口出しはしなかった。


「…じゃあ、何かわかったら連絡するよ」

「あぁ、よろしく」


 ぼんやりと考えているうちに二人の話は終わったらしい。


「ジェレミー、次に会った時はもう少しゆっくり話をしよう。今日は時間がなくて残念だよ」


 突然名前を呼ばれ、慌ててソファから立ち上がると「そうですね、是非」と笑顔で返した。この辺は会社員の時の経験が物を言ったらしい。


「それでは、失礼するよ」


 そう言ってレオンが店を出ていったあと、エドワードが「ジェレミー」と声を掛ける。


「どうした?」


 どこか言いづらそうにしているエドワードに先を促す。


「…レオンを見て何か感じた?」

「いや…これといって…。ただ、彼が探している時計と同じような時計を持っているから驚いたくらいかな」

「まさか…!それを見せてもらっても?」

「いいけど」


 そう言ってポケットから時計を取り出すと、エドワードに差し出す。

 外見はレオンが言っていた時計と一致するが、エドワードが気にしたのは時計の裏蓋の内側だった。

 そこにはこう刻印されていた。


「ソフィア・ベイカー…。ジェレミー、どうして君がこれを?」

「どうしてって、1週間前に父から譲り受けたんだよ。その時からもう動いてなかったけど、どうせなら動くようにしたいと思って、アンティークショップに修理に出すところだったんだよ」

「…出す前に君を呼び寄せられて良かったよ」


 心底安堵したように呟いたエドワードに、ジェレミーが怪訝そうな表情をする。だがそれには何もいわず、エドワードは外出していたウォルターを呼び戻す。

 数分後、戻ってきたウォルターにエドワードが無言で時計を差し出した。


「…これが…ソフィア様の懐中時計ですか」

「そう、あの時彼女が持ち出した時計だ」


 意味深な会話を繰り広げる二人にジェレミーが「だからそれがどうしたんだよ?」と焦れたように声を掛けた。


「この時計は特別な時計なんだよ」

「特別?」

「そう、この時計は時を操る事ができる」


 突拍子もない事を言われ、ジェレミーが唖然とする。だが、何かに気づいたのかエドワードに気になった事を問いかける。


「じゃあ、例えば『場』が壊されたとしても、その時計があれば壊れる前の時間に戻す事ができる…とか?」

「そうだね」

「え、それが本当なら、この先何も心配いらないんじゃないか?」

「単純にそうとはいえない」


 ウォルターの否定の声にジェレミーが「なんでだよ?」と返す。


「その力を使うには、相当な魔力がいる。それこそお前の魔力をすべて使っても1回発動できるかどうか、だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界倫敦の守護者達 ~アンティークショップから始まる戦いの日々~ 和泉悠 @izumi_yu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ