第40話 呪い
あっという間に秋は通り過ぎ、もうすぐ年末。街にはクリスマスソングが流れている。
保管されていた首吊り死体の着衣から検出されたDNAを鑑定した結果、死体の男に河地美冬の母親と親子関係はない事が判明、一方母親宅で採取された愛人の物と見られる毛髪のDNAとは一致した模様。ついこの間、美冬から五味に連絡があった。
「で、どうなったんだい」
クリスマスも正月も縁のない五味総合興信所。インターホンが鳴ったと思って出てみれば、親方である。
「それは警察に
ソファに体を投げ出すように座ると、五味は面倒臭そうに答えた。その向かい、ジローの隣に座る親方は、何故か嬉しそうにこうたずねる。
「笹桑ちゃんから聞いたんだけど、おまえさん、美冬ちゃんから報酬受け取らなかったんだってね」
「しゃあねえだろ、兄貴の行方は結局わからず仕舞いだしな」
契約書を交わしていないとは言え、河地美冬の依頼は成功していない。だから報酬としての豪野久枝の情報を受け取らなかった、と言えば聞こえはいいが、あれ以来、事あるごとに県警に呼び出され、何度も何度も繰り返し事情聴取を受けなければならない状況だ。さすがに古暮捜査一課長は築根や原樹と同じようには行かない。隙を見せればパクられる。金は惜しいが、いまは豪野久枝どころではないのだ。
それを知ってか知らずか親方は笑う。
「偉いねえ、いい男っぷりじゃないか。ねえ、ジローちゃん」
もちろんジローは返事などせず、ソファの端で膝を抱えて虚空を見つめている。
「こんな事で褒められても、嬉しかねえんだよ」
それは五味の本音だったが、親方には通じなかったらしい。
「そう言えば美冬ちゃん、新しい家を探すって聞いたけど」
と、話を変える。五味はフンと鼻を鳴らした。
「春男と冬絵を引き取るんだとよ。さすがにあのアパートに三人暮らしはキツいだろうし、そもそも単身者契約だろ、あそこ」
「あの子も大変だねえ、何か助けられるといいんだけど」
「余計な気、起こすなよ。かえって面倒臭い事になるぞ」
スリ取った金で引越祝いなんて洒落にならない。五味が心配していると。
「そうそう、面倒臭いって言えばさ」
親方は懐からスマートフォンを出すと、テーブルの上に置いた。
「これ、どうすんだい」
五味も厄介そうに顔を歪めた。
「これ、な」
これは砂鳥宗吾のスマートフォン。あの夜、エメラルドサンシャイン号の後部デッキでぶつかったときに、親方がスリ取った物だ。
「五味ちゃんが何でもいいからスれって言うからスったけどさ。アタシゃこう見えて財布以外の物スったの初めてなんだよ」
「まったく、札束入りの財布なら大当たりだったのによ。まあこれも何かの証拠に使えるかもと思ったんだが、やっこさん観念して警察でペラペラ喋ってるらしいしな」
五味の言う通り、砂鳥宗吾は何か憑き物でも落ちたかのように、取り調べにすべてを話しているという。いまさらスマートフォンを証拠として突きつける必要がないのだ。一方、警察は海上で黒焦げになったエメラルドサンシャイン号の中に、砂鳥宗吾のスマートフォンがまだあると考えている模様。まさかいまさら「あれ、こんなところにスマホがあるぞ?」などとは、コントでもあるまいに言える訳がない。
親方も困った顔だ。
「もう黙って捨てちゃわないかい、これ」
「それしかねえかな」
他に手はないかも知れない、五味がそう思ったとき。
スマートフォンが鳴った。しかも非通知で。
五味と親方は顔を見合わせたが、スマートフォンは鳴り続ける。いつまでも知らん顔をするのも何だか気味が悪い。五味は思い切って手に取り、電話に出た。
「もしもし」
「もしもし、県警ですか」
と男の声。聞き覚えのない声だ。しかし、このスマートフォンが本来県警にあるべきだという事を知っている。
「いや、県警ではないんだが」
「……じゃあもしかして、五味総合興信所ですか」
その穏やかな声に、何故か五味の背筋には冷たいものが流れた。
「おい、河地善春か」
「さすがですね。凄いなあ」
電話の向こうの声は楽しげだ。それが一層、五味に不気味さを感じさせる。
「何で電話してきた」
「いや、いまの砂鳥の様子を聞いてみたいなって思っただけなんですけどね。まあ、野次馬根性ですよ」
「あんなアホのために何人も殺して、それで呑気に野次馬かよ」
「砂鳥をアホ扱いできるのは、僕の知る限りあなたくらいですよ。どうです、我々の仲間になる気はありませんか」
それは本当に感心しているようにも聞こえる。もちろん五味はまったく嬉しくなどないのだが。
「遠慮しとく。俺の神経は正常だからな」
「では、その話はまた今度にしましょう。ひとまずあなたには妹がお世話になったようですから、お礼を言わないと」
「だったら妹に連絡してやれよ」
「まだ、そうも行かないんです。あなたからよろしくと伝えてください」
「あのなあ」
「それと」
電波状態が悪い場所を通過しているのか、少しノイズが聞こえた後、本物の提督はため息をついた。
「なるべくなら、我々には敵対しないでくださいね。それがお互いのためになります」
五味は鼻にシワを寄せて嫌悪感を浮かべた。
「ふざけんな。オマエらみたいな狂った連中に絡むような厄介事、いくら金積まれたって御免だね。安心しろ」
「それは酷いな。でも、あなたとはこのまま永遠に出会わない事を祈りますよ」
そして河地善春は小さく笑う。心の奥底まで手を伸ばすような、不思議な声で。
「……どちらかと言えば、呪いに近いですが」
「祈るのも呪うのも、そっちで勝手にやってくれ」
五味は最後にこう言って電話を切った。
「俺はガキとオカルトが大嫌いなもんでな」
強請り屋 二重描線のスケッチ 柚緒駆 @yuzuo
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