第3話 開戦
鬱蒼と木々が茂る森の中を一つの集団が疾駆する。
彼らは群青色の衣を纏い、腰に剣を帯びている。
目指すは敵国。
男はあたりを見回す。朝日を浴びて草木が青々と輝いており、森林を走っているというのに随分と視界がいい。
胸元に輝く金色のペンダントも日の光を反射し煌めきを放っている。
蔓や丈の長い草に足を取られることなくスムーズに歩みが進む。
一個大隊が移動しているというのにその速さは驚異的というほかなく、訓練を積んだ兵が一人でこの森林を進む速度と大差はないように思われる。
それにしてもこのルートを見つけられたのは幸運というほかない。
魔力を使った運動能力の向上が体系化された今、兵たちは前時代の馬を使った移動に頼ることなくその身一つで高速移動ができるようになった。
それによって今まで戦時は馬にかけてきた費用をそのまま武器や兵站などに回せるようになった。
それだけではない。自分の足で動けるということは対応力の幅も広まる。
騎乗中ではできない足さばきや蹴りなどの足技、剣で撃ち合う際の踏み込みなどメリットを挙げればきりがない。
とはいえデメリットもある。移動時の負担がすべて本人にかかるという点だ。
総合的にみると、戦の形こそ変われど防衛戦や攻城戦などのパワーバランスは変わっていないといえるだろう。
とは言え国力で劣るロゼウスがここまで持ちこたえているのは驚愕の一言に尽きる。
当初の予定通りであれば今頃はロゼウスの国土を手中に収め、次なる国土の拡大に向けて侵攻していたはずだ。
しぶとく抵抗を続けるロゼウスをどうすれば落とせるか、そう思案していたときに見つけたのがこの道だ。
ロゼウスの南方は海に面しており、大軍での侵攻は難しい。
西方はエデュレイア大森林と隣り合っており、迷宮となっている。
そういうことで今までは主に北東からの直接侵攻が行われてきた。
それと並行して大森林の攻略も。
今回は後者の試みが実を結んだ形だ。
ある程度の人数が横に並びながら通れるほどの幅があり、草に足を取られることもない。
上も思わぬ見つけものをしたものだな、と思う。
これほど快適な道はめったに見つかるモノではない。
まるで人が通るためにできたような道などというものは。
そのおかげで、普段この大森林を歩く際に感じるような負担はほとんどない。
今回の作戦はいたってシンプルであり、新しく見つけたルートをたどり、敵国に奇襲をかけ、打撃を与えるというものだ。
その作戦内容の単純さからも、この道を見つけた時の上層部の喜びが見て取れるようだった。
それもそうだろう。今まで予想外の抵抗にあい、手詰まりだった状況を打開する手を発見できたのだから。
近くの同僚の方に視線を向ける。
「こんな道があるなんてな。今回は楽にいきそうだ」
やはり口調からもわかるようにその表情からは緊張は見て取れない。
作戦の失敗など露ほども考えていないようだ。
彼だけでなくおおかた皆同じ考えなのだろうと思う。
これでは足をすくわれかねない、とも思うがここまで一切の会敵もない。
自分たちの存在を気取られていないと考えるのは自然な事だろう。
彼自身慎重な性格ではあるが、その彼からしても今回の作戦が失敗するようには思えない。
他の兵たちからも戦場へ向かう者としての雰囲気は無く、どこか弛緩した空気が漂っていた。
耳にかけたデバイスが振動する。
「そろそろ森を抜ける。準備をしておけ」
前方を走る部隊長から通信が入ったようだ。周りを見てみると同じ連絡を受けているようだ。彼らは同じチャンネルを使って連絡を取り合っている。
森を抜け、開けた広野に出る。そこを過ぎればロゼウスだ。
この人数で奇襲をかけるとなるとかなりのダメージを与えられるだろう。
あるいは、この先の広野で会敵することもあるかもしれない。
腰に帯びた剣とその鞘を撫でる。
思考を整えるときにする彼のルーティンのようなものだ。
窮鼠に猫は殺せない。敗北の可能性など皆無に等しいだろう。
それでも彼は備えた。
彼だけは備えていた。
「このあたりに敵軍が抜けてくるんですよね」
「予想では、ですが」
ユヅに一人の少女が話しかけてくる。
血が流れているかのような
夕焼けを思わせる樺色の切れ長の瞳。
ほのかに赤みのさした頬と、小さく上がった口の端からは快活そうな印象を覚える。
背丈は小さく、五フィートほどだ。
年齢にして十五、六といったところか。
こんな子供が戦場に出るなんて、と自分のことを差し置いてユヅは改めて思う。
ユヅとて成人したての年齢、すなわち十八であるのだが。
二人はエデュレイア大森林と面している広野で陣取っている。
背後には四十人ほどの人影が控えている。
本作戦に臨むにあたって与えられた指揮下の兵たちだ。
「予定時刻が近づいてきました。それではリリア、そろそろ準備をお願いします」
ユヅは少女、リリアに声をかける。
「はい!」
リリアは小さく頷き、耳のデバイスに手をかける。
「総員、配置につけ」
小さな少女の体。それに似つかわしくない練達の軍人の声。
その言葉と共に彼ら二人と、背後の兵たちが行動を開始した。
転生者が跋扈するこの世界で @ayahatyan
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