第2話 不穏な会議

薄暗い一室に、大きな机を囲んで多くの人影が集っている。

そのどれもが鈍色の装いを纏っており、厳しい鈍重な面持ちをしている。

「会議を始める」

衆目を集まる場所に座す、おそらく司令官であろう一人の男が口火を切った。

重く張り詰めた空気に一滴の言葉の雫が垂らされる。

「昨日の深夜、敵軍の進行を確認した。規模は二個大隊と想定されている」

会議を主導する男の声は静かな空間に冷涼に響く。その内容の重さを持って。

彼の口から放たれた敵軍の規模に一層場の空気が重いものとなる。

なぜこのタイミングで、などと溢す者もいる。

男の背後のスクリーンに大きな地図が映し出された。

男は手元の棒で地図の方を指す。

「敵軍は大陸行路を通り、エデュレイア大森林を抜けて我が国へ侵攻すると予想されている」

地図上を棒でなぞり、侵攻ルートを示す。

「随分と遠回りなルートだな」

一人の将校がぽつりと漏らす。

それもそのはず。エデュレイア大森林は彼らの国ロゼウスの西に位置しており、北東に位置する敵国シンディーアからは反対ともいえる場所である。

最短どころか最も遠い道筋であろう。

わざわざそんなルートを選んできたというのだから何らかの狙いをもってかなりの時間と費用をかけて遠征してきているというのは間違いない。

何人かは敵軍の目的に気付いたのだろう、

室内の空気がより険しいものへと変化する。

とはいえ一刻を争う問題だ。部屋の空気など関係ないと男は話を続ける。

「今の時点で予想できる奴らの狙いは二つ。一つは大森林を通ることで戦力を我々の目から遠ざけること。もう一つは我が国の浄水設備の破壊といったところだろう」

ロゼウスという国は海面国であり、国内の生活水のほとんどを海水を浄水した水で賄っている。

大森林の先のロゼウス国土にはその浄水設備の一つが置かれている。今回の侵攻はこれを破壊するためのものだろう。

すなわち、城攻めにおける定石のひとつ。水責めが目的だと推定できる。

とはいえ現時点では敵軍を観測したというだけであり情報が不足しているためこれ以上の確実性のある狙いを予想することは不可能だ。

もしかするとこの大隊を陽動として本命がどこかに潜んでおり、迎撃に向かった我が軍を奇襲し、戦力を削ぐのが目的かもしれない、などと繰り返していたらキリがない。

だが、敵の姿を見つけた以上有効な手段は変わらない。

大群が険しい森を抜けて、広野に出てくるというのだからそれを叩くのは定跡だ。

「我々は、エデュレイア大森林から敵大隊が顔を出したタイミングを狙い、そこを叩く」

ざっくりとおおまかな作戦の方針が伝えられる。

この場の誰もが想像できてていた作戦内容だ。

「では作戦に当たる舞台を発表する」

その言葉で場の空気がさらに引き締まり、静寂の帳が下りる。

大隊との激突となると激しい戦いとなるのは必至だろう。

みなの表情がいっそう真剣なものへと変化する

「作戦の主導は特殊部隊四四」

その言葉を聞いて、みなの視線が一か所に注がれる。

視線の先にいたのはアルメリア達だった。

アルメリアとルーナは真剣な顔つきで司令官の言葉を受け止めており、ルイグはやはりかとでも言いたげに苦笑を漏らしている。

ユヅは変わらず無表情。どこ吹く風と言わんばかりにたたずんでいる。

「アルメリア・フォン・ロゼリア少佐、いいな?」

司令官が確認の意を込めて問いかけてくる。

「謹んで、拝命いたします」

アルメリア、並びに三人は敬礼する。

多くが満足そうに見守る中、いくつかの視線が自身に刺さるのをユヅは感じたが、特に意に介すこともなく無表情を貫いた。

「麾下には二百人の兵をつけよう。作戦開始は明日の明朝。頼んだぞ」

その言葉を聞いた将校たちの間に、剣呑な雰囲気が満ちる。

射殺さんばかりの視線を他の軍人に注いでいる者さえいる。

王権派からしたらそうだろうな、と司令官は思う。

とはいえ既に決まったことだ。この後のことには頭を悩ませることになりそうだが、と心の中で独りごちる。


はたと、司令官はいくつかの自らに向けられる胡乱げな視線を感じる。

それもそのはず、通常、大隊というのは五百から六百人で構成されている。

したがって二個大隊ともなると千人規模である。

それをたかだか二百人程度で迎え撃とうというのはいささか無茶すぎないかというのは当然の疑問である。

だが、ここにいるほとんどは自らの国の実情を知っているのだろう、疑問を口にすることはない。

彼らの国、ロゼウスは国力でシンディーアに劣る。

現在本格的な戦争に発展してはいないものの、不利状況に陥っており、防衛戦や敵補給隊を潰し、長期戦に持ち込むことで何とか均衡を保っている状態だ。

加えて戦争が始まってから今の今まで失った戦力も少なくは無い。

また、正面からの侵攻、つまり北東からの侵攻にも備えなければならない。

現時点の主戦場はここであり、ここを突破されれば国に直接侵攻されてしまうため、大きなリソースを割いている状態だ。

そんななか十分な戦力を捻出するというのは難しい話である。


数にして六倍近くの敵を相手取る。

誰が見ても無茶な作戦と言えるがそれでも彼らには実績がある。多少疑いの視線を向けるものこそあれ抗議するものは一人もいなかった。

自分が選ばれなくてよかった、などという言葉は軍人としての誇りからか、口から出ることはなかったが、名を呼ばれなかった他の将校たちからは安堵にも似た雰囲気が見て取れた。


「質問よろしいでしょうか」

ルーナが挙手をする。

「聞こう」

「では一点、どこまでをラインに戦えばよろしいでしょうか?」

つまり、最終防衛線はどこまでであるか、と聞いているのだろう。

そこを突破されれば終わり、というラインを引いておくのは当然のことだ。

これは防衛戦において最重要事項である。

「最終防衛ラインはここだ」

司令官は背後に表示されている地図上の一か所に線を引く。

そこはエデュレイア大森林から距離にして二マイルほど離れた場所であった。

「ここより後ろに大勢の敵兵が侵入した場合、浄水設備の破壊が充分に可能であるとの予測ができる」

とだけ付け加える。

ルーナは軽く頷く。おそらくすでに頭の中でどう戦うのかを試算しているのだろう。


その後はアルメリア達のバックアップについての説明がなされ会議は終了となった。




皆がぞろぞろと足を揃えて会議室を後にするのに続いて、ユヅも外に出た。

「おい」

明日の作戦についての試案を巡らせながら歩いていると不意に声をかけられた。

声の方向に目を向けるとそこには一人の男の姿があった。

整った顔立ちではあり、目は細く、神経質そうな印象を与える。

「どうかしましたか?」

言葉とは裏腹に、冷たく、慇懃な口調。

礼儀をわきまえてはいるという程度のもの。

「明日の作戦、大丈夫なんだろうな」

口に出してはいないがまああの人についてのことなんだろうな、とユヅは思う。

いつも通りか、と半ば辟易しながらも返答を返す。

「ええ、ご心配なく」

それだけ言い、ユヅはその場を立ち去ろうとする。

素っ気ない返事とその態度に男は眉をひそめる。

「話はまだ終わっていない」

と、歩き出そうとするユヅの肩をつかんできた。

喉元まで出かかったため息をこらえ、再度男に向き直る。

「そもそもお前のようなものが姫様の部隊にいるというのが間違っている。姫様は」

またもくどくどと話し始める。

この男はいつもこうだ。ユヅがアルメリアのそばにいるのが気に入らないようで、会うたびに忠告という名の説教をしてくる。

男性の将校とは思えないほどユヅの見た目があえかなのもそれに拍車をかけているのだろう。

もっとも、主な理由は別のところにあるのだが。

話半分で聞き流しながら中断した明日の作戦についての試案を再開する。


そうして数分が経過した。

男はいまだにべらべらと喋っている。明日のことについてアルメリア達と打ち合わせをしなければいけないのでそろそろ立ち去ろうと思ったその時。

「何をしているのかしら?オルゲン?」

薔薇色の髪の少女、アルメリアだった。

「ひ、姫様」

先ほどまでの強気で独善的な男といった雰囲気が一瞬で霧散する。

慌てた様相で視線を泳がせている。

男、オルゲンはユヅとのやりとりを見られたのをまずいと見たのか猫なで声で話し始める。

「これは姫さま。私はこの男に明日の作戦についての助言をしていたのですよ」

「そうはみえなかったのだけれど?」

アルメリアの目つきが険しいものとなる。

射すくめるようなその視線を受けてオルゲンは更にたじろぐ。

引き攣った愛想笑いを貼り付け状況の打開を試みるが、アルメリアの表情は変わらない。

「アルメリア」

ユヅが名を呼ぶ。その瞳にオルゲンはもう映っていない。

「明日のことがあります。行きましょう」

話し始めようとするアルメリアの機先を制するように半ば強引に腕を引きその場を後にした。

後ろから突き刺さる視線には目もくれることなく。

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