転生者が跋扈するこの世界で

@ayahatyan

第1話 朝のひととき

シャワーヘッドから流れる冷たい水が肌を打つ。

刺すような冷たさは、常人であれば思わず身を引いてしまうほどの温度であるが、意に介すことなくノズルを捻り更に勢いを強める。

夜空に浮かぶ月のような、あるいは波に洗われる砂浜の砂のような純白の長い髪がしっとりと、水を含んでいく。

しばらく体にかかる冷たい水の感触を楽しんだ後、ノズルを捻りシャワーを止める。

ぽつ、と雫がタイルを打つ音が部屋に響いた。

ふと、備えつけの鏡に目を向ける。

鏡に写るその肌は白い。

真冬に降りしきる処女雪のように、あるいは病的とすら形容できる程に。

じっと眺めていると鏡の自分と目が合う。

黒紫の深い、見るものすべてを呑み込んでしまいそうな瞳。

アメジストのような輝きを湛えたその瞳は鈍く、射すくめるような眼光を放っている。

ビスクドールと見紛う程に整った顔立ち。

年に見合わぬ静謐なその表情は冷たさすら感じさせる。

女性的なその面の通り体は細い。華奢とも形容できるほどに。

だが、女性特有の丸みや凹凸が全くなく、むしろ角ばった体つきをしている。

「はぁ」

鏡をのぞいていると自分の顔に面影を重ね、小さく体がこわばる。

いつもこうだ。


喉元まで出かかったため息を飲み込み、硬く拳を握りしめ、心の底からふつふつと湧き出てくる感情を振り払うように頭を振った。




シャワールームから出て、用意しておいたバスタオルで水分を拭き取ると下着を履き、服に袖を通していく。。

身に付けた鈍色の軍服には赤と金の細やかな装飾が施されている。

やはりと言うべきか軍服と名打たれているだけあって運動性に優れているのであろう、関節を曲げるときの圧迫感のようなものをほとんど感じない。

毎日といっていいほどこれを着用しているが、この感覚だけは毎回と言っていいほど感心させられる。

洗面台の方に向かい、また鏡と対面する。

あらかじめ洗面台の上に用意しておいたリボンを右手に持つ。

慈しむように、あるいは二つとない貴重な宝物に触れるかのように。

鏡に写る自らの姿を視界に入れながら、髪を結んでいく。

頭の右方の髪を一房掴み、リボンを編み込む。

髪が整っていくにつれ、大切な、大切な人の面影が現れていくような錯覚に陥る。

傷を抉るだけであると、気持ちが乱れるだけだと分かっていながらその手が止まることはない。

忘れてしまいそうで、ずっと鮮明に覚えていたくて。

ともすれば自慰に等しいものとすら形容できる行為であるが髪を結う手は止まらず、鏡を見つめるその視界からは徐々に他のものが消えていく。

感傷に浸りかけたその時、洗面室のドアが開いた。

「おーう」

野太い声が響いた。

ともすれば粗野とすら表現できるその声音。

「おはよう、ルイグ」

鏡から目を離すことなく、とはいえ先ほどのような没我というほどでもなく声の主に向けて挨拶する。

「はよ、ユヅ」

先と変わらず太く大きな声が返ってくる。

「しっかしまあ、シャワー上がりのお前見ると性別ってなんなんだ、って思っちまうな」

ルイグはより笑みを深くしながら「いっつも言ってるが」と付け加える。

ユヅと呼ばれた少年は小さく苦笑を漏らし、声の主に視線を向ける。

浅黒い肌に赤みがかった髪と緑の瞳。

華奢とも形容できるユヅとは真逆の巌の如き体躯。

その顔には豪快な笑みを浮かべており、豪気なその性格が見てとれる。

挨拶を交わしたことで満足したのか

「アルメリア達が食堂で待ってるぞ」

そうルイグは言い残し、脱衣所に歩いていった。

彼の後ろ姿を見送ったあとユヅは洗面台を離れ、洗面所を後にした。


洗面所を出た先には廊下が続いており、突き当りが食堂となっている。

ルイグに言われた通り、ユヅは食堂の方へ向かった。


食堂の入り口のドアを開けると見える大きなテーブルに席を取る二つの人影が視界に入る。

ユヅはテーブルの方に歩いていく。

「おはよう」

鈴の音のような、凛とした声がかかる。

「おはよう。アルメリア」

アルメリアと呼ばれた少女は机に肘をつきながら小さく手を振る。

ユヅが身に纏う軍服と似たデザイン。

アーモンドのような大粒の蒼穹色の双眸、後ろで結わえたローズピンクの髪、桜色の唇。

華美、とは言えない軍服を纏ってなお色気すら感じさせるその容貌。

振っていた手を降ろすと、そのまま机の上のカップを手に取り紅茶に口をつける。

気品すら感じさせる優雅な手つきで。

「ユヅのぶんのご飯ももう出来てるよー」

アルメリアの隣からも声が飛んでくる。

「そう言えば今日の当番はルーナでしたね」

ユヅはアルメリアの隣に座るカールがかった亜麻色の髪の少女の方に視線を向ける。

男性的な基準で見て小柄なユヅと比較してもさらに小さいその体躯。

女性的な丸みを帯びた体つき。ルビーのように赤々と輝く双貌。

柔和な、その性格がわかるような顔つき。

アルメリアとはまた別の方向での美人といえる。

軽く会釈をし、自分の席に配膳された朝食に目をやる。

固い黒パンとスープ、香りから察するにコンソメだろう、と目玉焼きが置かれている。

「いただきます」

ユヅは食前の挨拶を小さく呟き、用意された朝食に手をつけた。


もぐもぐと口を動かし、食の手を進める。

ユヅの向かいからは二人の少女とシャワーを浴び終えたのルイグが会話する声が聞こえてくる。

ルーナが話し、アルメリアが相槌を打ち、ルイグが茶々を入れ、ユヅがそれを聞く。

四人の、のどかな朝の一幕だった。

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