エリート警察官・鬼平


「君からは、石鹸と人間の香りが混ざり、とても甘い香りがする。僕の推理はなかなかだろ」


 進むも地獄。戻るも地獄。小さな一歩だったとしても足掻くあがくしかない。悔しいが私に残された選択肢は他にない。


「やっぱりあのシャワー室には隠しカメラがあったんですね。そんな気がしていたんです。流石探偵さんです。そこで……信用できる探偵さんだと信じて、相談したいことがあります」


「依頼料によっては、相談に乗るよ。お金だけが僕にとっての報酬ではないのだから。報酬とは、いろいろな形があると思うのだよ」


 突如として、目の色を変え挑発的な口調で話す青鬼。


 やはり、この青鬼の狙いは他に何かある。


「さぁて君は僕に何ができると思う?」


 青鬼の視線が動く。私の首筋をゆっくりと上から下に通り、胸で止まった。


 青鬼は自分の思い通りに事が進んでいると思っている。余裕のある微笑みからその自信が窺える。


 ――私は初めに、この青鬼だけはエロくないと思った。いや、そう思わさせられていたのだろう。それがそもそもの間違いだと気づいた……。


「青鬼さんは、デーモンプロダクション所属のアイドルグループONI99の大ファン……ですよね?」


「っ!!!」


 ……思い出したことがあったのだ。それは先日のことだ。パジャマ姿だったが七三分けの青鬼が、デーモンマートでONI99のエロ本を手に取り、すぐに棚に戻すところを見た。手に取っては、頬を赤らめ購入しなかった。


 つまり目の前の青鬼は、エロ本を買う勇気がない鬼だ。なのに用意周到。店員である私の前で名刺を落とし、私と接点を持った。つまり、青鬼の真の狙いは――


「明日は、アイドルグループONI99のエロ本が超レアチケット付きで限定発売される日です!」


「っ……ぬっ!!!」


「表向きの情報はここまで。誰でも知っていることですから。その先を、欲しているのでしょう?」


 青鬼は、よだれを拭った。


「超レアチケットの内容は、フルヌードで迎えてくれるONI99のメンバーとの握手券。そしてチェキ会に招待されることです! ファンなら喉から手が出るほど欲しい超エロチケット。私の依頼を受けてくるなら、私から青鬼さんに提示できるお礼は、この数量限定のレアチケット付きエロ本を代金は頂きますが、発売前に購入し、青鬼さんにお譲りします。行列に並んでも購入できる可能性は限りなく少ない。その価値を考えると、悪い話じゃないと思います」


「参ったな。まるで裸にされた気分でお恥ずかしい。ぜひとも君の依頼を聞かせて欲しい」


「ありがとうございます。では最初に警察官の鬼平正道さんをご存知でしょうか?」


「もちろん、知っている。彼は出世願望が地獄1。とても有名な警察官だよ」


「では次に、その鬼平さんの上司について、お話をお聞きしたいと思ってます」


「いいでしょう。名前は、鬼瓦寅三おにがわらとらぞう。超がつくエリートで、警察の中でもその権力は絶大と言われている」


 青鬼はそこまで言うと、眉間に力を入れ、真剣な眼差しで私を見据えた。なんとしても私が提示する依頼をやりきってみせる。そんな気迫がみなぎっている。


「では具体的な依頼内容を教えてもらいましょう」



●●●



 翌朝。

 午前7時。

 デーモンマートに行列ができた。


 ONI99のエロ本の限定盤を求めて鬼がどっと押し寄せた。


 エロ本は瞬く間に完売。

 探偵の青鬼によると、レアチケットは闇のオークションで超高額で売買されるらしい。それを取り仕切っているのもデーモンプロダクションだというのだから、鬼頭は金の亡者だ。


 私はアルバイトが終わると、商店街を真っ直ぐに歩いた。青鬼とこれから落ち合うことになっているからだ。足取りはこれまで以上に軽い。


 交差点の信号が赤に変わり、向かいの電光掲示板に流れる文字を見て、鼓動が一回飛ばして打った。


『〜明日は日本へのゲートが666年ぶりに開く日〜』


 神のしわざとしか思えなかった。可能性の問題だが、日本へ帰るチャンスだ。最終仕上げを前に、勝利の宴を上げたくなる。



 商店街の大通りから路地を一本入ったところ、自動販売機に身を隠すように探偵の青鬼は立っていた。きまじめな七三分けは相変わらずだ。余談だがエロさがなければ、素敵な鬼だと思う。


 私はエロ本と超レアチケットを鞄から取り出して見せた。


「こちらも揃っている」と、青鬼は内ポケットから茶封筒を私に差し出した。


 ささっと内容を確認する。最高の代物だった。


「また、悩み事があればいつでも相談にのるよ」


 出来ればこれが最後の関わりであって欲しい。そう思うと、私は黙ってその場を後にしていた。



●●●



 青鬼と別れた後、私は警察署の入り口でとある鬼を待っていた。


「鬼平さん!」

 私は、正面から堂々と声をかけた。

「教えてもらいたいことがあって、待っていました。明日は日本へのゲートが開く日ですよね?」


 一瞬で鋭い目つきを見せる鬼平に、自分の意志をさらりと伝えた。


「私、鬼平さんの力をかりて、ゲートを通り日本に帰ります」


「……呆れて、言葉が見つからないですっ!」


 当然のごとくイライラさせてしまっているが、想定内だ。

 すんなりとゲートを通してくれるはずもない。

 甘い蜜を武器にどこまで翻弄できるかだが……。


「あのぉご存じですか?! 商店街のとあるお店が夜になると、おっぱいパブ――になるそうですよぉ」


「ワッツ!!」


 揺さぶりをかけると鬼平はよだれを垂らしはじめた。やはり鬼は鬼だ。


「とびっきり可愛いピチピチの女の子が、ブラジャーをつけずに、胸を開いたドレスや制服姿で、お酒をついでくれるお店だそうですよぉ〜」


「!!!」


 目を色を変えて興奮してらっしゃる。


「いいですかぁ、よ〜く想像してください。鬼平さんが、おっぱいパブに入店する。可愛い子が胸を出したまま迎えてくれる。それから、少しお話をします。仕事の辛いことや不満。なんでもいいです。しばらくすると照明が暗くなり、鬼平さんの膝の上に女の子が座り、デープキス! そして、おっぱいを顔面に擦り付けてくれる。行ってみたいと思いませんか? そこは地獄の中のまさに天国! 可愛い女の子のおっぱいが触り放題。エリートだからと虚勢を張っていては、お疲れになるでしょう」


 鬼平はぜぇぜぇ言いながら必死に平常心を保とうとしている。


「……わ……私は……エリートッ! そうエリートッなのですっ! 出世しか興味がないのですっっっ!!!」


 すでに思った以上の成果があったので、なによりです。すかさず畳み掛けます。


「そうですよね! 知ってますよ! だからもっと鬼平さんにはと思ってます」


「君になにができるのですっ! 私は子供と遊ぶほど、暇じゃないのですっ!」


「鬼平さんの生まれは、地獄の中でも田舎だそうですねぇ。勉強も苦手。だけど、負けん気だけは、鬼一倍。だから猛勉強したそうですねぇ。でも二流の学校にしか入れなかった。そんな鬼平さんは出世コースから、外された。特に上司である、超エリートの鬼瓦寅三さんには、頭が上がらない」


「それをどこで!」


「もし、鬼平さんが鬼瓦さんの弱みを握ることが出来たら……! どうなると思いますかぁ? 答えは明白です。鬼平さんは、鬼瓦さんより出世する! 間違いありません」


「……!!!」


 絶句していらっしゃる。そして日本がまた一歩近づいた。


「私の日本行きを約束してくれるのでしたら、鬼平さんが出世するとっておきの情報を差し上げます」


「バカを言うなですっ! あのゲートは100名体制で警察が厳重に見守るなか現れ、誰も通ることなど許されないですっ!」


「だからこそ、権力がある鬼瓦さんに活躍して頂くのではありませんか」


 青鬼からもらった写真を取り出す。


 写真には、鬼瓦が閻魔大王の娘とラブホに入っていく姿がバッチリ写っていた。これほどまでの有益な情報が手に入るとは。まさに鬼に金棒。無敵の一手である。


「鬼瓦さんは既婚者。つまり、この写真があれば、鬼平さんは必ず超出世できます! どうです? 私の日本行きを約束してくれますよね?」


「こ、こ、これは出世できますっっっ!!!!! なんとかしてみせます。明日、三途の川に13時に来いっ!」


 まさか日本へ帰る日がくるなんて。アンビリーバヴォーだ! 自分でも自分が怖くなるほどの圧勝ぶりに、驚きを隠せなかった。



●●●



“喫茶釜茹で地獄”で針山ソーダを一杯。

 炭酸が弾ける度に、針が刺さったように痛いが、これが美味しいから不思議だ。


 それにしても優雅だ。後1時間もすれば地獄とさよなら。デーモンマートの控え室には退職届を置いてきた。

 すでに清々しい気持ちだった。

 私は、きっと日本に着いたら高笑いするだろう。


「動くな!!」

 どこからか、静けさを台無しにする大声が店内に響いている。


 何事でしょう……。


「この店の有り金、全部! 全部出せ! さっさとしねぇとこの人間の女を殺すぞ!」


 あろうことか強盗犯に、私は腕を引っ張られた。


「そこの鬼じじぃ! 動くなって言ってんだろ!」


 ガシャーン! 棍棒が派手な音を立てながら机を破壊する。


「とっとと金出せっ!」


「えぇぇん、えぇぇん」嘘泣きを演出する私。


「うっせーガキ! えんえん泣くんじゃねぇ!」


 髪の毛を引っ張られ、イラッとした。私をナメると痛い目にあうことを身をもって教えて差し上げましょう。怯えるふりをしながら強盗犯の背後にまわり膝を抱えた。


 相手が油断したその隙をみてキッチンからナイフをゲット。

 すかさず首元にナイフを突き刺すと血がすーっと垂れた。


「少しでも動いたら、首が取れますよ。注意してくださいねぇ」


「イテェェェエエエ!!!」



●●●



 たった今、時計の針が12時50分を指した。あれから警察が強盗犯を捕まえたのはいいが、事情を細かく聞かれ、時間を大幅にロスしてしまった。


 私は喫茶店を飛び出しわきめもふらずに走った。走って走って、三途の川の上にポッカリと開いたゲートが見えてきた。


 ――なんたることか!

 ゲートが閉まりはじめているではないか!!


 私に気がついた鬼平がゲートを守る100人の警察官に合図を出している。

 一斉に警察官がゲートの前を開ける。


 私は勢いを落とさずに三途の川飛び込んだ――。


 ……間一髪、とはならなかった。

 目の前でゲートは閉まり、絶望した。


 鬼平がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


「ゲートが次に開くのは、666年後です」


 私は膝をついて泣いた。

 全身びしょ濡れで川の水が冷たい。涙は止まらなかった。


「ひとつだけ、聞きたいのです」

 鬼平がぽつりと口を開いた。

「どうして君はあの情報で、直接、鬼瓦さんと取り引きしなかったのです?」


 探偵が教えてくれた鬼平の情報の中に、その答えはあった。

『鬼平は、デーモンマートから金を受け取らない唯一の警察官だ』と。実際のところ、これが鬼平が出世コースから外れた最大の理由だとか。また『熱心に一般市民の声を聞く警察官は、鬼平だけ』と。


 それから自分でも馬鹿馬鹿しく思うのだが、私の心を動かした本当の理由があった。――鬼平の家は貧しく、鬼平は産まれてすぐに捨てられたそうだ。それから施設に拾われたが、虐待の日々だったそうだ。それでも鬼平は必死で勉強し警察官になった。そして、両親を憎むことなく毎月、実家に仕送りしている。と……。


 私と鬼平は境遇が似ているように思う。だけど、鬼平は道を外れずに真っ当に生きている。そんな鬼平がどこか羨ましくもあり、同時に応援したいと思った。


 けれども、答える気にもなれず押し黙る。


「まぁいいでしょう」

 鬼平には似合わない優しい声。

 ゆっくりと手を差しだされ、思わず掴んでしまった。

「君は喫茶店で強盗犯の逮捕に貢献したらしいですね。これから閻魔様が待つ裁きの間で表彰式が開かれるそうです。私も君の担当者として同行することになってますっ。急ぎましょう」



 裁きの間に向かいながら、沈黙は続いた。


 少し先を歩く鬼平が、申し訳なさそうに私を振り返る。


「以前に、質問をもらった、君の名前の件だが……。こちらの入力ミスで『I』が抜けていたことが分かった。君の名前は『A』ではなく『AI』つまり『あい』だ」



—完—

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地獄のコンビニ 木花咲 @masa33

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