地獄のコンビニ
木花咲
探偵・青鬼
「いらっしゃいませ」
「これと、タバコを」
レジに置かれたのは、超可愛い鬼の女の子がおっぱいを突き出したアイドルグループ
このエロ本は一般発売が本日からで、昨日発売された超レアチケット付・限定盤を買えなかったファンが朝からどんどん買いに来ている。というのも、このエロ本を買わないと、明日限定発売されるアイドルグループ
地獄では鬼乳娘とONI99がアイドルグループとして超絶人気を集めている。両グループとも、過去に出版したエロ本はダブルミリオンを記録しているそうだ。
しかし……地獄に来てエロ本ばかり売れるコンビニで働くことになるとは……。さて少し時間を戻して説明したい。
●●●
……私は路地で何者かに刺され、意識を失った。その後、気がつくと殺風景な個室の椅子に座っていた。
首には名札がぶら下げられ、そこに書かれた文字は『A』とあった。日本にいた時の名前は思い出せなかった。
気に入っていた名前ではなかったが、お腹を痛めて私を産んでくれた母親がつけた名前だ。少しばかりの愛着はあったように記憶している。が、その名は、思い出せない。もう一生思い出すこともないのかもしれない。
「窃盗、強盗、詐欺、総額8000万円以上を騙し取る。おまけに殺人事件を15件。華奢な体でよくここまでの罪を繰り返したものですっ! こんな極悪人は地獄史上初めてですっ!」
タバコを吹かし大声を上げているのは、鬼の警察官だ。名札には、
机に立てかけた棍棒の威圧感が恐怖心を煽る。
現状を理解するために、私は物分かりが悪いふりを決め込んでいる。
「あのぉ……ここは夢の中ですよねぇ?」
「ひゃははは、これ現実! ここ地獄の警察署っ! そして私はエリートッ警察官ですっ!!」
鬼平は小さなライトで私の顔面を照らした。それから棍棒のトゲで、私の顎を無理やり押し上げる。
「これから君は、落ちたら最後、永遠に苦しみ続ける地獄の中で最も過酷な
冷や汗が流れた。一刻も早くここから抜け出したい。そうと決まれば、女体の特権を活かし、まずは無間地獄とやらに落ちるのを阻止しなくてはいけない。
上目遣いをさりげなく、長く伸びた髪を手でふわっとなびかせ、可愛い女の子を演出。
「あのぉ、鬼平さん。私、天国に憧れていて、地獄よりも天国に行ってみたいのぉ。ダメですかぁ?」
ふぅ〜。
タバコの煙を顔面に吹き付けられた。煙と口臭が重なりゲロを吐きかけられた気分だ。
「君は無間地獄がお似合いですっ!」
「私は5歳の時、両親が作った借金の代わりにヤクザに引き取られたんです。それから生きるために必死でした。確かに悪いことは、たくさんしました。でも、仕方なかったんです。それに両親を恨んだことは一度もありません。だから、天国へ行かせてください」
涙目で訴えた。
鬼平の涙腺が一瞬緩んだのがわかる。かなり効果がありそうだ。
「……仕方ありません…………」
「本当っ?!」
「なんて言うと思いましたか? 悪人はみんなそう言って泣きつくのですっ!ご存知の通り、――キミ犯罪者っ! オッケイッ?!」
首を傾けて困ったふり。
「血で汚れた君の犯罪歴をいちから読み上げて差し上げましょうかっ?」
もう日本の辛い日々は思い出したくなかった。
「……ごめんなさいでした」
「宜しいっ! では改めて君の担当は、エッリートであるこの私、鬼平正道様ですっ! 君は無間地獄行きですっ! 後は閻魔様の印鑑をもらえれば、完了ですっ! こんな悪人はとっとと無間地獄へ落ちてもらいましょう。ひゃははは」
満足したように笑う鬼平だったが、次の瞬間に目をひん剥いた。
「――ワッツ! 何たることかっ!! 君は胸が大きいのにまだ18歳っ!!!」
セクハラ発言ですが、何か様子が変です……。
鬼平は私のプロフィールを改めて凝視し頭を抱え、ついには書類をぐちゃぐちゃに。発狂していらっしゃる。
「極悪人を目の前に、最大の問題です。最低最悪ですっ!」
「問題……ですかぁ?」
ここは冷静に話を伺いましょう。
「閻魔様が定める法律上、無間地獄の執行は20歳以下だと執行できないのですっ! そればかりか、20歳になるまでコンビニ『デーモンマート』で働いてもらうことになってますっ!」
鬼平はそこまで言うと、お腹を抱えて「ひゃはははははは」と笑った。
「デーモンマートはデーモングループの社長・
妙に含みのある言い方が気に入らなかった。
続けて鬼平は、書類に目を落とし、それからゆっくりと顔を上げた。
ギョロリとした目が、私を見ている。
「君はヤクザにモノのように使われ、最後は仲間に裏切られ殺されたようです。それからですが…………君は毎月両親に仕送りをしていたようですね。残念ですが、それらは一度も両親の手元に届けられなかったようです……。同情はしませんが」
拳に力が入った。爪がてのひらに食い込む。全てが急にバカバカしくなってきた。
「あれあれ、もしかして気にさわりましたっ?!」
「いいえぇ。ひとつだけ、質問をしていいですかぁ?」
「君に質問する権利はありませんっ! ですが、特別にその女体に免じて許可しますっ!」
「……私、自分の名前が思い出せなくて。名前を教えてください」
「首からぶら下げている名札の文字が読めないのですかっ? 君の名前は、地獄に来る前からその名前ですっ!」
●●●
ピロピロピロピロ~ン♪
「いらっしゃいませ」
工事現場のヘルメットを被った緑鬼がやってきた。真っ直ぐにエロ本コーナーへ。鼻の下を伸ばし、にやにやしている。お目当てのエロ本を手に取るとレジにドサッ、と置いた。
鬼乳娘のエロ本シリーズを6冊、大人買い。もの凄くエロい。昼間っから堂々とエロ本を購入し、私の体まで、舐め回すように見てくる。
引きつる笑顔でなんとか接客を終えると、『ピロピロピロピロ~ン♪』今度は青鬼がお店に入ってきた。
青鬼の特徴は、ネクタイにスーツ姿。きっちりとした七三分が印象的だった。
店内をぐるぐる3周。それから雑誌コーナーで立ち読みしている。
数分後。
「これをください」と、レジに置いた商品を見て息を呑んだ。今日は初めてエロ本を買わない客と遭遇したのだ。
鬼乳娘のエロ本が一般発売日にも関わらず購入しないなんて! 明日発売されるのONI99の限定盤を購入する権利がいらないなんて! 違和感しかない。青鬼の顔を改めて見る。
なんたる爽やかイケメンッ! 超がつく美男鬼っ!
「……僕の髪の毛に何かついてます?」
「あっ、いいえ。ちょっと気になりまして。あのぉエロ本は買わないのですか……?」
「っぁあっぁ……」
「す、す、すみません。
青鬼が店から出て行くその時、ズボンのポケットから何かが落ち、私は慌てて店内から飛び出た。
「あの! これ落としました!」
「僕としたことが、うっかりしていました」
落とし物を差し出し、それが何だったのか確認する。……名刺だった。
『地獄探偵事務所・青鬼・小さなことでもご相談ください』と、書かれている。
咄嗟にこの大人は利用できるかもしれないと微かな希望が脳裏を過った。私の力になってくれる鬼かもしれない。
「私の相談に乗ってくれませんか……?」
唐突の申し出に青鬼はにっこりと微笑んだ。
「申し訳ないが僕は依頼料が高い。それに忙しい。子供の悩み事に付き合うほど暇ではありません」
「名刺に『小さなことでもご相談ください』と、書いてあるのは嘘なんですね……! お金はありませんが、私に出来ることであれば、お礼もします。お願いです。話だけでも聞いてください!」
「出来ることであれば……ですか…………。分かりました。君はとても可愛く、人間ってだけですごく魅力があります。いいでしょう。まずはお話だけ」
「本当ですか!?」
「大人の鬼は、嘘を言いません。これは地獄の鉄則です。君のアルバイトが終わるまで、商店街の入り口にある“喫茶釜茹で地獄”で待ってますよ」
●●●
午後4時。
レジを次の鬼の少女に引き継いだ。
控え室に戻りエプロンを片付ける。
――次の瞬間――――、誰かにお尻を触られた。
慌てて振り向くと、社長の鬼頭がにやにやと立っていた。
「実に素晴らしいお尻だね。そして君の可愛さのおかげでお客さんは急増中。売り上げは10倍。2年働いたら、無間地獄へ落ちるなんてもったいない。ずっとうちで働いて欲しいなぁ」
顔を覗き込まれ、反射的に身を引く。
セクハラ社長の下でエロ本を売り続けるか。無間地獄に落ちるか。絶望的な二択に落胆する私を知ってなのか……鬼頭は私の耳元でひそひそと声を出しはじめた。
「ここだけの話……私のおもちゃになるなら、話は別だよ。警察にも手回しできる。悪い話じゃないでしょ? あぁごめんごめん回りくどい言い方じゃわからないよね。言い方を変えるよ。デーモンプロダクションからエロ本を出版して欲しい。稼いだお金の8割をデーモンプロダクションに。残りの2割を鬼平さんの上司におさめてもらえたら無間地獄の刑を取り下げてもらえるよ」
私はその言葉の意味を半分も理解できないまま、防衛本能のままに返答した。
「エロ本に、興味はありません」
「残念……。また興味が出てきたら教えてよ。猶予は2年あるわけだし」
混乱と共に、ひとつだけ収穫があった。鬼頭と警察との関係に興味が出てきた。つまり生き延びるための何かヒントが隠されているように思えた。
「あのぉ、わがまま言っていいですかぁ。汗をかいたので、汗を流したいです。2階のシャワールームを使わせてもらえないでしょうか?」
「がんばって働いてくれているし、いいよ。これからは自由に使って。それじゃ私は忙しいから」
『2階は立ち入り禁止』と、常々言われていたのだから、これは成果だ。
控え室から階段を上がると、発売前のエロ本が山積みだった。ふと目が止まる。――社内秘と付箋が貼られたエロ本を発見。すばやく詳細を確認した。
――数量限定・超レアチケット付き! アイドルグループONI99エロ本!!!――
1冊の値段が通常の500倍。超レアチケットの内容に目を通す。想像するだけでクラクラする内容だった。
同時に、鬼頭の一連の発言を踏まえて分かったことがある。鬼頭は、女の子の弱みにつけこみ、エロ本デビューさせているのだろう。そしてデーモンマートで独占販売。ギャラの殆どを自分の懐に入れ、場合によっては鬼平の上司とやらに金を流している。
●●●
汗を流し“喫茶釜茹で地獄”に到着した時には、午後6を過ぎていた。青鬼は私の目を覗き込むと開口一番に「当ててみせようか!?」と、楽しそうに口を動かした。
「あのぉ遅くなってすみませんでした……」
「いいからいいから。君の相談について話そう。例えば、デーモンマートの社長・鬼頭さんに盗撮癖がある……違うかい?」
鋭い目つきを見せる青鬼にギョッとした。
なるべく冷静を保ちながら返答する。
「面白いですね。探偵さんの推理、最後まで聞いてみたいです」
「君の体臭がさっきと違う。それは仕事終わりに、シャワーを浴びたからだろ?」
「ご想像にお任せします。続けてください」
「君は汗を流そうと、シャワールームに入った。しかし、そこで盗撮用のカメラを発見した……」
もしあのシャワールームが盗撮されているのだとしたら。鬼頭をぶん殴ってやりたい……。しかし、事前に確認したが隠しカメラはなかった。
それにしても奇妙なのは、目の前の探偵の方だ。私が『話を聞いて欲しい』と、願い出た時、面倒臭さそうに拒絶していた。
なのにだ。愚痴ひとつ言わず、ペラペラと推理を披露している。奇妙だ……よく考えろ。出来過ぎている。そう考える方が納得がいく。
思考を逆転させてみよう……実は、私がお願いしたのではなく……。あたかも私がそうしたくなるように、誘導させられていたのだとしたら………………。
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