第25話:幼馴染も来るのか?

「よし! 完成だ!」


十二月二十日の放課後、俺は燦然と輝く星空と主役を食わない程度の野花を描き切った。

近距離から、遠距離からと何度も何度も確認し、修正を重ねていき、ようやく完成を果たすことができたのだ。


「おめでとう、夜宮。おれは演劇の全面的なバックアップだから、今見るしかないのが惜しいな……。できれば当日、サプライズで見たかった」

「はは、嬉しいことを言ってくれるじゃん。でも逆に考えてみたらどうだ? 俺は完成形を親友の時雨に初お披露目したんだぞ?」

「そうか……そうだな。おれがお前の力作を見た最初の生徒なんだ」


ガッツポーズをのぞかせる時雨に大袈裟だなと突っ込んでおく。

完成度は現時点の俺が出せる最高のものだ。

人の心を惹きつけられるという自負がある。

だが、ほんの少しだけ思うところがないでもなかった。


「時雨、俺の絵をどう思う……? 正直な感想を聞かせてくれ」

「おれの反応を見れば一目瞭然だろ。おれは他の生徒が完成させた絵も見てきたが、お前以上の完成度の奴なんていなかった。見る側にどこまでも広がる世界を夢想させるような自由な絵だ」

「そんなに褒められると照れるだろ」

「頑張った奴にはご褒美をやるのが当然だ。夜宮には褒められる権利がある」


俺は時雨と笑い合った。

はやく、綾香にも見せてやりたいな。

彼女は前回来てからは一度も絵を見に来ることはなかった。

俺が注意したこともあるだろうし、完成を楽しみにしたいからと言っていた。


「そうだ、夜宮。もう本番まで時間がないが、もう一つやってみたくないか?」

「お、おい。まさか、あと数日でもう一枚絵を描けとか言わないよな……?」


若干顔を引きつらせつつ、時雨に問う。

すると彼は声を出して笑ったのだ。


「流石にそれはないさ。お前がどれだけ苦労して一枚の絵を完成させたのかは知っているからな。そうじゃないんだ。実は背景作画を担当した生徒で希望する人には南校舎の一階で即興ポストカード作りをやってもらおうって話が持ち上がったんだ。観客は恐らく劇に六割、背景に四割程度しか注意を割かないから、陰の立役者がもったいないってなったんだよ」

「なるほど……。それもお前の作戦のうちか?」

「もちろんだ。何せ、おれが生徒会長に立案したからな」

「おいおい……脅迫とかしてないよな……?」


俺が万が一の可能性を口にすると、時雨は面白そうに笑った。


「さあ、どうだろうな。今までおれと関わってきたお前ならおれがどういう奴か知っているだろう?」


つまり、脅迫はしていない、と。

ただ時雨の不思議な迫力と弁舌によって、多少強行した可能性はある。


「冗談はさておき、参加者は割といてだな。今はざっと十人くらいが立候補しているな。お前はどうする?」

「俺の立場を改善するためには必要なことなんだろ? ならやるさ」

「決まりだな。……それと冬凪祭には夜宮の幼馴染も来るのか?」


妙なことを躊躇いがちに聞いてくる時雨に、俺はああ、と頷く。


「そうか。ならおれと会ってもらえないか」

「その、なんでだ……?」


時雨は基本的に無駄はすべて省く、徹底した合理主義者だ。

唯一例外は俺に関することだけ。

それだけは時雨に何のメリットもないというのに協力してくれている。

だからこそ、俺の幼馴染に会うという一見意味のなさげな行為に疑問を持つ。


「夜宮を支えてきた幼馴染に興味があるんだ」

「……ああ! なるほど!!」


俺は得心がいったように手を打つ。

時雨はもしかしたら俺から綾香の話を聞いていて、惚れたのかもしれない。

少しだけ心の奥に痺れがある気がするが、時雨と綾香ならお似合いだろう。


「前向きに交渉はしてみるけど、あんまり期待はしないでくれ。あいつは人と会うのを極端に嫌うんだ」

「お前の反応がなんか盛大な勘違いをしているような気もするが――了解」


俺と時雨はその後、他愛のない話に花を咲かせた。



♢♢♢



こうしてあっという間に冬凪祭の当日を迎え、それは瞬きの間に過ぎ去っていった。

演劇は当初の予想よりも遥か上を行く興行収入を獲得し、大成功に終わった。

俺も初日の初回公演を観覧したのだが、役を演じる生徒はおろか他生徒の描いた絵もよく馴染んでいた。

ざわざわと小声でささやく生徒や外部からの観客は総じて好感を持っていた印象だ。

そして、俺の絵が出てきたクライマックスには泣く人が続出して、昼休憩の時には時雨と感想を言い合ったものだ。

ポストカードの売れ行きは、というと、これもかなりの人数が俺のところに列を作ってくれた。

お客さんが提示する題目に沿って、一人五分ほどの簡易なイラストを描くというものだ。

途中で色鉛筆やペンが切れてしまったこともあり、無念の表情を浮かべて帰っていく人もいて、嬉しさの反面申し訳ないという気持ちもあった。


こうして冬凪祭は余熱を残しつつも、惜しまれて閉幕したのだった。

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