山に響くは歌謡曲

長月瓦礫

山に響くは歌謡曲


三十六計逃げるにしかず。一言で言えば、逃げるが勝ち。

徳山祈里のデビュー曲だ。


人生とは常に八方塞がりだ。

逃げても逃げても壁に当たり、嫌なことからも苦手なことからも逃げられない。

そんなに壁が塞がっているなら、天井をぶち明けて逃げるしかない。


ガラス製の天井なんてぶち破ってしまえ。人生は無限大だ。

ネガティブでありながら力強い歌詞が多くの人々の心を揺さぶった。


この曲をきっかけに、徳山は芸能界の階段を駆け上がっていった。

数々のヒット曲を生み出し、順風満帆の生活を送っていた。


追い風のごとく勢いよく進み、歌い続けた。

自分の生き様を示すように、粛々と歌った。

日々の生活も質素で、どこか親しみを感じやすいものだった。


ある日、とある情報番組で引退宣言をした。

事務所との手続きはすでに終えていた。

すべてを捨てる覚悟が彼女にはあった。


日本中が騒ぎ立て、マスコミが殺到した。

しかし、徳山は姿を消しており、詳細を知ることはできなかった。

引退後は某所で静かに暮らしていると伝えられている。


ここまでが表社会で公表された情報だ。


徳山祈里は今も白神山地にある廃ホテルで歌っている。

廃ホテルのステージにいるのは白銀の毛を持つ狼たちだ。


徳山祈里を囲うように、狼たちが集まっている。

曲が終わると称賛の声が上がる。

それに応えるように、彼女は手を振る。


徳山祈里は魔女だ。

魔女狩りから逃げのびて、遠く離れた異国に落ち着いた生き残りだ。


異国人である徳山が馴染めるはずもない。

人里を離れ、山奥へ隠れ住むようになった。


怪我をした人狼を手当てしたのがきっかけだった。

かつて魔女は圧倒的な力で人々を支配していたが、人間たちは目覚めてしまった。

幻想は科学に敗れ、世界から追い出されようとしていた。

魔女がみじめな扱いを受けていることを知って、人狼たちは哀れんだ。


彼女を助けるため、自分たちの住処へ招待した。

魔女はお礼として、白神山地に生える薬草を扱い、人狼たちを手助けした。

人間たちに見つからないように結界を張った。


人狼たちと共存し、生活していた。

そして、長い年月を経て、魔女は人間界に返り咲いた。

平和的な手段で人々の心を制圧した。


それが歌謡曲と呼ばれるものだった。

逃げた先にぶつかった天井を破るための手段だった。


満月の夜、白神山地に狼の歌声が響く。

魔女と人狼は愉快に宴を開く。


逃げた先にある天井をぶち破った末に得た結果だった。

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山に響くは歌謡曲 長月瓦礫 @debrisbottle00

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