第32話 昨日の敵は今日の友

「エウレカは身を引いてくれ。あたしとジュノンは恋人だからな」

「恋人より夫婦のほうが地位は上だわ。それに私のほうがジュジュとの付き合いは長い。貴女が引くべき」


 整った面立ちの少女二人が鼻先をくっつける勢いで睨み合う。その造形は名工の手によって掘り出された彫刻品のように美しい。

 もっとも他人事ではなく当事者なので、呑気に見惚れている場合ではない。とは言え、下手に口も挟めない。結果的に息を殺して静観する他なかった。


「なぜだ? エウレカはどうしてジュノンに拘る?」


 鬼っ娘が不思議そうに眉根を寄せる。

「聖女様と皆から慕われる人気者のお前がジュノンに執着する理由があたしには分からない。他に相応しい相手がいくらでもいるだろ?」

「そうかも。ジュジュは意外とヘタレだし小さなことでうじうじする」

「分かるぞ。一人で悩みを抱えないでもっと周りに相談すればいいのにな」

「あと優柔不断でカッコつけ」

「お調子者でお人よしなところもあるな」


(なぜだろう。俺の心のHPがガリガリと削られてゆくのだが?)


「でも、ジュジュは私にいつだって優しい」

「ふむ。ジュノンはあたしのことを決して否定しないな」

「なにより一緒にいてすごく落ち着く」

「ああ。そのままの自分で居ていいんだと思わせてくれる」

 

 彼女らは瞬きも忘れてしばし見つめ合う。やがて得心とくしんするように頷き合って、互いの手と手をしっかりと握り合う。

 歴史的な和解とでも言わんばかりの晴れやかな表情である。


「え? なに? どういうこと?」


 俺には状況がさっぱり分からない。

「見ての通り。同じ人が好きな者同士で争うなんて馬鹿げてると気づいたの」

「ふむ。好みが同じなんだ。むしろ我々はいい友人になれるだろう」

 再び二人は固い握手を交わす。


「そうか。良かったな。じゃあ二人とも帰れ。俺はもう寝る」


 俺はおもむろに立ち上がると、二人をぐいと押しのけてベッドに倒れ込む。大事にならなかったことに俺は心から安堵している。ただ同時にこれ以上付き合ってられるかという気分だった。

 エウレカは俺の淡白な態度が気に入らないらしい。

「逃げるの?」

「うるせえ。なんとでも言え。俺はもうくたくただ」

「ジュジュの女たらし。私たちの気持ちをもてあそんだのね」

「宙ぶらりんにされるのは困る。ちゃんと気持ちを聞かせてくれジュノン」

「痛い痛い痛い、叩くなお前ら」

 俺は二人の握り拳を捕まえ真剣な表情で問う。


「いいかお前らよく考えろ。真夜中に突然、部屋に押し掛けられ、女性二人から一方的に気持ちを押し付けられた男の身になってみろ?」


 二人の少女はハッと顔を見合わせる。


「すまなかった」

「ごめんなさい」


 二人は申し訳なさそうに長いまつ毛を伏せ肩を落とす。こういう素直なところは憎めない。実際のところ俺はこいつらのことが嫌いじゃない。

 俺はベッドに正座をすると二人に頭を下げる。


「俺に時間をくれないか。今の俺は誰かの想いを真正面から受け入れられるほど自分に自信がないんだ」


 好意を示してくれた相手に弱みを見せるのはひどく情けないが、率直な気持ちを告げることが二人への誠意だと思った。


「俺は今より絶対に強くなる。冒険者として必ず名を挙げてみせる。その時、改めて二人の気持ちに応えさせて欲しい」


 その時、二人の気持ちが今と同じだったらだが。

 二人の気持ちが変わったとしても仕方がないと思っている自分がいる。

 基本的に中身がおっさんだからだろう。素直で憎めない美少女たちが最終的に幸せになってくれればそれでいいと、娘を持つ父親のような心境だったりするのだ。


「平気よ。待てるわ。私、ジュジュを信じてるから」

「あたしも大丈夫だ。はなからジュノンと一緒に強くなるつもりだしな」


 まったく嬉しいことを言ってくれるじゃないか。

「ジュジュ約束よ」

「ふむ。ジュノン約束だ」

「ああ、約束する」

 俺は両手を差し出して二人と小指を結ぶ。とりあえず一件落着だ。

 リーマン必殺の『問題の先送り』とも言えなくもないが、焦ったところで丸く収まる問題でもないだろう。

「じゃあそういうわけで――」

 会話を打ち切り二人を扉に促そうとした時だ。


「ふふふ。もし私たちとの約束を破ったらただじゃおかないわ」

「ふむ。万が一、他の女と付き合うようなことがあったらアビ全開だぞ」


 笑顔の二人が小指にぎゅーっと力を込めてくる。

「ははは……」

 俺の笑顔が恐怖に引きつったのは言うまでもないことだった。

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