愛しのお嬢様
黒百合咲夜
愛しのお嬢様
皆様ごきげんよう。わたくし、とある屋敷で働いているメイドのメイでございます。
家事も勉学もそつなくこなす万能メイドとして大変高く評価していただき、三十を迎える手前で既に多くのメイドを纏めるメイド長をさせていただいています。
さて、完璧超人で優れているわたくしにも、実は人には言えない秘密というものはあります。それは――
「あっ、メイさんただいま!」
「っ! お帰りなさいませお嬢様」
天使のように愛らしい笑顔のこの御方は、わたくしがお仕えしているユリアお嬢様だ。今年ようやく小学四年生になられたばかり。
わたくしの秘密。それは、ユリアお嬢様のことをお慕いしているということです。
こんなことが公になれば、メイド長の地位を失う……いえ! それどころか解雇すらも現実味を帯びてしまいます!
絶対に誰にも知られてはならない秘密。どんな手を使ってでも隠し通さなくてはなりません。
幸い、わたくしポーカーフェイスは大得意なのです。カードゲームでは世界最高の心理学者を泣かせたこともあります。
凜々しくも柔らかい表情で固定し、お嬢様から荷物を預かります。
「お部屋までお荷物運びますね。本日の宿題はどのようなものでしょうか? しっかりお教えいたします」
「えっと……宿題も大事なんですが、メイさんにしか頼めないことがあって……」
「わたくしにしか頼めないこと?」
何でしょうか。心当たりは全くありません。
お嬢様がもじもじした様子で見上げてきます。そして、顔を真っ赤にして息を大きく吸い込みました。
「私とその……きっ、き……キスをしてほしいです!」
……ん?
お嬢様は今、何と? キス?
とりあえず現実かどうかの確認でわたくしの頬を一打ち。
「メイさん……?」
「失礼しました。何やら虫が止まったような感覚がありましたので」
割と痛いです。どうやら夢の類いではない模様。
しかし、これはどういうことなのでしょうか?
「失礼お嬢様。いきなりキスとは一体……?」
「今日、学校で友だちにからかわれたんです。キスも知らないお子様だって」
「それはそれは。その学友様にはキツイお仕置きが必要ですね」
「そんなことしなくて大丈夫ですから! それより、私もキスの感触について知れば、少なくとも馬鹿にはされないかなって……」
そういうことですか。さすがお嬢様、可愛らしい理由です。
ですが、わたくしは大人。ここはきちんとした対応を取らなくてはなりません。
お嬢様の頭に手を置かせてもらい、諭すように撫でます。
「いいですか? キスというのは、心から好きと思える相手にするものなのです。お嬢様はまず、そのような相手を見つけるところから始めなくてはなりませんね」
「そのくらい知ってます! だから、心から好きと思えるメイさんにこうして頼んでいるんじゃないですか!」
わたくしにしか頼めないってそういう……。
いやいやいやいや。騙されてはいけませんよわたくし。小学生の好きは、きっと友愛などの意味合いで、決して恋愛的な意味合いではないのですから。
「あ……そう、ですよね。メイさんにはきっと好きな人がいるんですよね。私なんかがキスしてはダメですよね……」
なんて思っていた時期がわたくしにもありました。
ですが、そんなことを涙声で言われては、わたくしの理性など一気に崩壊してしまいます。
少し強引ですが、お嬢様の顎を持ち上げて唇を奪わせていただきます。
「んっ……メイ……さん」
「ダメなんかじゃありません! わたくしも、以前よりお嬢様をお慕いしております!」
嗚呼、言ってしまいました。ですが、何も後悔はありません。
最後に想いを伝えて円満……とはいきませんね。とにかくこれでスッキリした気持ちで屋敷を去ることができます。
たっぷり時間をかけて唇を重ねた後、顔を離すとお嬢様の紅潮した頬が見えてきました。
「ご、ごめんなさい気を遣わせてしまって! でも、初めてのキスはなんだかとてもほわほわした気持ちになれて幸せでした!」
「それは良かったです。ではお嬢様、これからもお元気で。わたくし、これから旦那様に退職届を出して参ります」
「何で? 辞めるなんて許しません! メイさんはずっと私と一緒にいてください! メイさんは私だけの最高のメイドさんなんですから!」
満面の笑顔で抱きつかれてしまいました。
メイドたるもの、お嬢様を困らせてはいけない。
旦那様、これからもお嬢様の側でお嬢様を幸せにすることを、どうかお許しください。
愛しのお嬢様 黒百合咲夜 @mk1016
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