6  オオアマ、性懲りもなくデヅヌに通う

 山あいに建つ豪勢な屋敷、高い塀で囲まれた中には川の水を引き込んだ池もあれば家畜小屋もある。だが家畜は雌牛と雌ヤギが一頭ずつ、その割には立派な小屋なのはこの屋敷に住むデヅヌという名の娘の意向らしい。


 屋敷に住むのは美しいデヅヌ、そして愛くるしい顔立ちをしたメヅヌ、二人を育てた夫婦、赤鬼の前鬼・青鬼の後鬼だ。それに加えて……加えてよいのか迷うところだがオヅヌ――へそつつくと女のメヅヌに、再び突けば男のオヅヌになったりで二人と考えればいいのか一人と思ったほうが間違いないのか、前鬼後鬼にも判断つかない。


 さて、この屋敷には通う男が一人いた。今宵も牛車でやってきて、性懲りもなくデヅヌを誘う。


 毎度のことだが屋敷の敷地に忍び込むと、

「オオアマじゃ。ヌカタに会いに来た」

と庭から部屋の中に声をかける。部屋の隅にちょこんと座ったメヅヌが御簾みす越しに

「ヌカタなどいない」

と追い返そうとする。


 ここでいつもなら、デヅヌが出てきて

「その声はオオアマか? オオアマなら入れ。入れてもよいぞ」

と答えるものを、その日はデヅヌの声がしない。


「帰れ、今朝から臥せっている。悪阻つわりじゃ」

メヅヌの声にオオアマが驚いて、

「悪阻だと? の子だな? ほかに通う男がいるとは聞いてない」

メヅヌの許しもないのに勝手に部屋に上がり込んだ。


ととさまを呼ぶぞ」

「呼びたければ呼べ――ヌカタはどこだ? 悪阻に間違いないのか? の初めての子、本当にはらんだのか?」

の看立てが間違いだと申すか!」

サッと勢い込んで立ち上がったメヅヌ、鬼の形相でオオアマを睨みつける。普段の愛くるしさは微塵もない。


「二度とそんなことが言えぬよう、その口、切り落としてくれようぞ! いいや、そのようなことを考えぬよう、頭カチ割って脳みそえぐり出そうぞ!」 

「ま、待て……」

オオアマ、メヅヌの豹変に腰を抜かす。こんなメヅヌは見たことがない。


「それとも! 鼻の穴から指突っ込んで、頭蓋の中をかき混ぜてくれようか!?」

「だ、だから待て! の不心得であった!」

「今さら遅いわ!」

「もう二度と、否定しません、口答えいたしません。だからどうぞお許しを!」

オオアマ、皇子みこの誇りもへったくれもありはしない。抜けた腰をって、両手両足で藻掻もがいて後退あとずさる。


「ほほう! その言葉に嘘はないであろうな?」

仁王立ちのメヅヌがニヤリと笑えば、オオアマ、ますます震え上がる。

「め・め・め、滅相もない。だから、どうぞイノチだけは、あわわわぁ!」

ストンと座ったメヅヌに悲鳴を上げるオオアマ、だがメヅヌはただ座っただけだ。


「ならば許すであろ。そう怖がらずともよかろ」

いつものおっとりノンビリなメヅヌだ。

「で、オオアマ。まさか手ぶらではあるまいな?」


「へっ!?」

「いつもいい思いをしているのであろ? 当然たまには土産の一つや二つ、百や二百、持ってきているであろ?」

一つや二つなら判る。だけど百や二百って?


「持ってきておるであろ!?」

「あ、あ、あ……はい、今すぐに! 牛車に置いてきてしまったので、今すぐ持って参ります」

這いつくばって部屋から出ようとするオオアマ、メヅヌの目がきらりと光る。


「なんと! 歩けないのか? 歩けないならその足――」

「歩けます!! 歩けます! 歩けますーーッ!」

慌てて立ち上がり駆け出すオオアマ、えんから飛び降り着地に失敗して転がるが、すぐ立ち上がると必死に走る。目指すのは待たせてある牛車だが、土産などあるはずもない。牛車に乗ったら一目散に逃げるつもりだ。


 部屋の奥の御簾みすが上がり、デヅヌが顔を覗かせた。

「何を騒いでおる? がヤギの乳を飲んでいる間にメヅヌ、一人で旨いものを食ろうたか?」

キッとメヅヌのまなじりが上がる。


「旨いものならデヅヌに食わせるであろ――虫を追い出したのじゃ」

メヅヌがコロコロと笑った。するとデヅヌが舌なめずりをした。

「食える虫か?」


「どうであろ? いつもデヅヌを食う虫じゃ」

「メヅヌ、それは蚊ではないか? の血を吸いおったので食ったが旨いものではなかった」

「食えるものと食えないもの、ちゃんと覚えろと言ったであろ?――さて、寝るか」

ニヤッと笑ってメヅヌがゴロンと横になった。


――翌晩。


 高い塀に囲まれて山あいに建つ豪華な屋敷、性懲りもなく今宵もまた牛車が停まる。下りてきたのはもちろんオオアマ、そんなにデヅヌにご執心か?


「ヌカタ、ヌカタ? じゃ、オオアマじゃ。今日は土産を持って来たぞ」


 いつも通り部屋の片隅に座ったメヅヌが、いつも通り御簾みす越しに答える。

「言ってるであろ、ヌカタなどおらぬ――だが、土産は気になるのぅ。何を持ってきたのやら」

「メヅヌか……柿を百ほど持ってきた。一人では運びきれないので今は五十ほどしかない」

「箱に入れているのであろ? そこにおいて、もう一箱運んでくるがよかろ」


 オオアマ、仕方なく箱を置いて牛車ぎっしゃに戻る。すると奥の部屋からデヅヌが顔を出し、

「今、柿と言わなかったか?」

と尋ねた。


「はいなぁ、オオアマが柿を持ってきたそうじゃ」

メヅヌがニッコリと答える。


「なるほど、それでは褒美をやらなくてはな」

「ご供物ごっこをするのかえ? ならば支度をして待つのがよかろ」


 支度と言っても、縁側で二人並んで正座するだけだ。器代わりの笹の葉は不要とばかり、デヅヌはオオアマが置き去りにした柿の入った箱の前に座った。


 箱を抱えて戻ってきたオオアマ、デヅヌが居るのに気が付いて大喜びだ。

「ヌカタ! 今日もまた美しい」

飛びつきそうな勢いだが、メヅヌに一喝される。


「煩い! まずはご供物が先じゃ」

「ご……く・も・つ?」

「箱を重ねて置けと申しておる」


 わけが判らないものの、言われたとおりにオオアマが箱を重ね置く。そのまま部屋に上がろうとするが、

「控えるがよかろ」

とメヅヌに言われ、庭にひざまずく。


 よだれを垂らしそうになりながらデヅヌが膝立ちになり、箱から柿を一つ取りだす。

「いくつあるのじゃ?」


「百だそうじゃ」

メヅヌも箱を覗き込む。が、すぐに顔を曇らせた。

「デヅヌ、この柿、渋柿ではないか?」


 途端に鬼の形相に変わるデヅヌ、

「なにっ!? 渋柿など食えるかっ!」

いきなり手にした柿をオオアマに投げつけた。


「おわぁ! 違う、甘い柿じゃ。食べてみやれ」

オオアマ、思わず避けるがデヅヌは次から次へと投げてくる。たまったものではない。とうとう逃げ出した。向かうは牛車ぎっしゃ、柿は惜しいがその柿に殺されたくはない。このまま今宵は帰るつもりだ。


「雷落としたほうが良かったか?」

ニヤリと笑うデヅヌ、

「張り倒すのも楽しいが、投げつけるのも面白い。雷では死んでしまうからのぅ」

ポンポンと柿をお手玉代わりにもてあそぶ。


 隣ではメヅヌが柿を齧ってニンマリと笑う。

「デヅヌも食べるがよかろ。オオアマが持ってきた柿はオオアマじゃ」


「なに? 渋柿ではないのか?」

「この量の甘柿に、くれてやる褒美がなかろ」

「おぉ、それもそうじゃ。ふむ、甘いのう――投げた柿が勿体ない」

「あと七十はある。それだけあれば充分じゃ。柿は身体を冷やす。食べ過ぎると腹を壊すぞ」

「その時はメヅヌ、の腹を撫でろ」

「あいなぁ」


 翌朝、庭の掃除をしていた後鬼が二つの空箱を見て、

「これはなんの箱じゃ?」

デヅヌとメヅヌに訊ねた。オオアマにぶつけたはずの柿は跡形もない。


 デヅヌは

「青鬼ごときがに気安く話しかけるな」

と怒鳴り、メヅヌは

「はて? なんであろうな?」

と答えただけだった。

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オヅヌよ、旋風〈かぜ〉を呼べ! 寄賀あける @akeru_yoga

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