第3話 魔法少女の真相

「良かった、本当に良かったよゴンザレス……」

「クゥーン(訳:すまんなぁおやっさん。ワシ、ほんの出来心で暴れてもうたんや)」


 魔法少女フォックスの(いささか変態的な)活躍により、魔獣と化していたゴンザレスも、元の可愛いチワワに戻った。雷撃を喰らったり触手責め(違う)に遭ったりしたゴンザレス君であるが、事の成り行きを見守っていた飼い主の許に戻された。

 飼い犬が無事だった事を喜ぶオッサンと飼い主に許しを請いつつ甘えるチワワ。オッサンとチワワという微妙な絵面ではあるものの、心温まる光景である事には違いない。


「あの、本当に、本当にありがとうございました――!」


 愛犬(多分オス)に頬ずりとチューをしていたオッサンは、犬を抱えたまま魔法少女に礼を述べた。フォックスはニコニコと愛想よく笑っている。サンダーも口許に笑みが浮かんでいた。


「良いんです。私たちだってヤツガシランとは闘う因縁があるんですから」

「……フォックスの言う通り。それが私たちの宿命」


 それでは、また――そんな文言と共に魔法少女たちは姿を消した。姿を消したとは文字通りの意味である。厳密には二人の周りをつむじ風が覆い、それが収まるとともに二人は忽然と姿を消していたのだ。

 これが浩介とファントム☆ウィザードの出会いの一部始終である。

 後に浩介はファントム☆ウィザードが「幻の魔法使い」という意味である事を知った。不可思議な術を使い、事が終われば幻のように姿を消す。彼女らに似つかわしい名前だと、浩介は密かに思ったのだった。

 浩介は時々、ジョンと共にこの魔法少女たちの事を思い出すだろう。若しかしたら恋心を抱いてしまったのかもしれない。しかし浩介の物語はここで終わりである。


 可憐で勇敢で不可思議。そんな魔法少女に関心を抱いた少年。ここで物語が終われば、幻想的な青春物語として終わるはずだっただろう。

 しかし物事には裏があり、裏にこそ真実が潜んでいる。

 読者諸兄姉にはしばし付き合って頂き、真実を目の当たりにしてほしい。魔法少女の真の姿を。そして何故ファントム☆ウィザードと名乗っているのかを。


 魔法少女らが再び姿を現したのは、町はずれの稲荷神社……ではなかった。厳密には稲荷神社の隣に併設されている小さな公園である。フォックスとサンダーは公園に足を踏み入れると、ハアハアと犬のようにあえいでいた。実は二人とも姿を隠したまま、ここまで走って来ていたのだ。魔法少女はいつでも魔法少女でいるわけではない。いずれは変身を解き、真の姿に戻らねばならない。それはファントム☆ウィザードも同じ事だった。

 だからこそ、人目を忍んでうらぶれた公園に猛ダッシュで向かっていたのだ。

 余談だが、派手に息が上がっているのがフォックスであり、サンダーは既に弾んだ呼吸も落ち着き始めていた。

 そんな二人が向かったのは水飲み場だった。冬場とはいえ短くない距離を走り通しで来たのだ。水だって飲みたくなるものだ。

 まず蛇口の水を飲み始めたのはフォックスだった。相当喉が渇いていたらしく、ずっと水を飲んでいる。よほど焦っているのか疲れているのか。水を飲みながらも唇やあごに飛沫が飛んでいた。


「おい、そろそろ代われよ。俺だって喉が渇いてるんだからさ」


 痺れを切らしたらしく、サンダーが口を開く。魔法少女として動いていた時とまるきり口調が違う。魔法少女としてのサンダーは寡黙なクールビューティーだったが、今のサンダーの口調はむしろ男のそれである。

 フォックスは素直に水を飲むのを終えた。しかしサンダーを見ると軽く顔をしかめた。


「サンダー。そんな口調は駄目よ。魔法少女をやってるときは、ちゃんと魔法少女になり切らないと。私みたいにね」


 大真面目に告げるフォックスに対して、碧眼を歪めてサンダーは笑った。


「ははっ、あんたのプロ根性には恐れ入るよ……言っている事は正論だとは思うよ。ただ、あんたと違って魔法少女らしい物言いをするのはまだちょっと難しくてさ……」


 サンダーが無口キャラなのは、寡黙な性格からではなく魔法少女口調が苦手であるかららしい。

 ともあれサンダーは周囲を見渡し、フォックスに問いかける。


「ん、周囲には誰もいないみたいだ。サーチしたから確実だぜ。そろそろ変化を解こうじゃないか」

「そうね。私はともかく、ずっとその姿じゃしんどいもんね」


 フォックスが言うなり、二人の魔法少女の輪郭がぼやけ、その身体が薄い靄に包まれる。靄が晴れ、二人が真の姿に戻っていた。

 その真の姿は……魔法少女としての姿とは似ても似つかぬものだった。まずもって二人は少女どころかそもそも。フォックスは四尾を具えた小柄な青年に、サンダーは銀髪翠眼の少年の姿に戻っていたのだ。

 ここでファントム☆ウィザードのメンバーの紹介を改めて行おう。この魔法少女のユニットは、二匹の妖怪が魔法少女に扮したものだった。フォックスの本名は島崎源吾郎、サンダーの本名は雷園寺雪羽である。源吾郎は妖狐の血を引いているからフォックスと名乗り、雪羽は雷獣であるからサンダーと名乗っていたのだ。

 念のために言っておくが、二匹の妖怪はどちらも純然たる男である。


 魔法少女に扮して、怨敵であるヤツガシランの野望をくじく。その案は元々源吾郎が持っていた物だった。元より源吾郎は美少女に化身するのを得意としていた。魔法少女として闘えば身元も割れる事も無いであろう、と。

 今ではほぼ同僚となっている雪羽を誘ったのは本当に軽い気持ちからだった。魔法少女として一人で活躍するのは構わない。しかし変な輩に目を付けられても困る。そのような対策は雪羽が詳しいのではないかと思い、半ばダメ元で頼み込んだのである。源吾郎はかつて、仕事の関係でウェイトレスに変化していた時、他ならぬ雪羽に絡まれたのだ。女に絡んでいく雪羽ならば、女に絡む男の心理が解り、それに則った対策が組めると源吾郎は考えていたのだ。

 雪羽は魔法少女計画に案外乗り気だった。というよりも、ヤツガシランと闘う事に乗り気だったと言ったほうが良いかもしれない。かくして、魔法少女ファントム☆ウィザードが結成されたのである。

 

 ファントム☆ウィザードに魅了される人間たちは多いという。源吾郎と雪羽――いやフォックスとサンダーの姿に俗世からかけ離れた魅力を感じる人間が多いという事なのだろう。

 しかしその魔法少女の姿自体がまぼろしであると、果たして誰が気付くであろうか?

 そしてまぼろしの魔法少女に身をやつそうとも、フォックスとサンダーは地道に闘い続ける。ヤツガシランの野望をくじくという想いが、彼らの中にあるのだから。

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魔法少女ファントム☆ウィザード 斑猫 @hanmyou

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