トリが覚醒した

 二人で歩く通学路はいつもと全く違う景色に見えた。


 家々の一部一部がなんだかやけに綺麗で、光り輝いているように見えた。

 

 それは、なんてことない景色に、羽鳥さんが添えられているからだろうか。

 

 二人並んで歩く間、彼女の飼っているインコの話で盛り上がった。あっちゃんがインコかどうかは置いておいて、インコの飼い方をしていたから、話はいくらでもついていけた。

 

 もしインコの話題がなければ楽しくおしゃべりなんて有り得なかっただろう、その点でもあっちゃんには感謝しかない。

 

「そういえば、カバンにつけているストラップは鳥山課長?」

 

 彼女の手提げカバンの取手に、面白い顔をしたおじさんがぶら下がっていた。最初は変なのと思っていたけど、みれば見るほど見覚えがあって、最終的にあっちゃんに似たキャラクターを思い出した。

 

「えっ、あ、これ? そうだよ? よく知ってるね?」

 

「いや、あっちゃんで画像検索したら、鳥山課長がでてきてね。うちのあっちゃんはその鳥山課長とよく似てるんだ」

 

「えっ、鳥山課長に似てるの? それは楽しみ!!」

 

 羽鳥さんとの話は膨らむばかりで、時間はあっという間に過ぎ去っていく。気づけばアパートの前についていて、なんなら通り過ぎそうになっていた。

 

「あっ、ちょっと待ってね。持ってくるから」


 俺はアパートのドアに駆け寄ると、カバンから鍵を探す。


 流石に部屋には上げられないけど、何か飲み物くらい渡したいなぁ……とか。冷蔵庫にペットボトルのジュースとかあったよね…………とか、想像を膨らませながら、鍵をかちゃりと捻る。


 そして焦る気持ちを抑えて、ドアを引くと…………。





 

「えっ!」


「えっ……」


「えっ?」





 俺は思わず驚きが口を突き、慌てて振り向くと、青ざめた羽鳥さんが一歩二歩と後退りをする。




 そして…………誰?



 ドアを開けると見知らぬ方が立っていて、ソイツは「ほぇ?」と首を傾げる。

 首の動きに連動して、胸元の大きな風船ははたゆんと揺れる。

 


「ど、どちらさま…………」



 俺は恐る恐るソイツに話しかけた。



 ぱっと見、羽鳥さんと同じくらいの身長で、同じくらいの年齢。

 虹色に輝く綺麗な髪が目を惹くけど、髪に負けないくらい端正な顔立ち。

 

 そして、なぜか一糸纏わぬナチュラルな姿。

 

 ソイツは辺りをキョロキョロ見渡して、俺の顔をまじまじと見た。そして、ソイツは羽鳥さんの方に視線を向ける。

 

 しばらくソイツは顎に手をあて考え込んだ。


 そして……。

 




「スキスキスキスキスキスキ……」

 

 聞き覚えある音色を奏でた後。そのまま俺に抱きついてきた。

 

 

 その時、全てが終わった音がした。


 でも、まだ諦める時間じゃない! 


 俺はソイツを速攻で引き剥がすと、彼女の方に振り向いた。


 だけど、もう後ろに彼女はいなくて、数メートル先で身構えている。

 

「いや、これは誤解で!!」

 

 俺は叫ぶけど、輝きを失った目の色は変わらない。

 

 

「いやちょっと本当にごめんなさい…………さすが、にインコが比喩だなんて思わなくて……」

 

「違うんだ! 俺もこんな痴女は知らない!!」

 

 俺は思いの丈を叫ぶけど、彼女は引きった苦笑いをやめてくれない。

 

「いや、べ、別にいいんじゃない? 別に通報とかするつもりはないよ? そういうのは人それぞれだし…………私関係ないし! うん、私関係ないから。ほら、何も言わないからさ、もう金輪際関わらないでもらえるかな……」


「本当に違うんだ! 話せばわかる」

 

「やめて! これ以上突っかかってくるなら、警察呼ぶよ!?」


 彼女は俺を睨みながら、スマホを掲げた。激しく突き上げた余韻で、ぶら下がっている鳥山課長がゆらゆらと揺れている。


 いいよ、いくらでも呼んでくれ…………とは流石に言えなかった。


 俺が黙り込むと、彼女は「じゃ…………」とだけつぶやいて、全力で走っていってしまった。

 

「終わった…………完膚なきまでに終わった…………」

 

 あっという間に見えなくなった、美しい後ろ姿。俺は儚い残像をただ眺めていた。

 

 

 全ての元凶であるソイツは不法侵入であるのだから、警察を呼べばよかったのかもしれない。全て明白にすれば羽鳥さんもわかってくれて、続きがあったかもしれない。

 

 だけど、あまりにもソイツに心当たりがありすぎた。

 

「スキスキ?」

 

 後ろから声がする。それは、聞き覚えのある艶やかな美声。

 

 俺はその心配そうな声に振り向くと…………。

 

「あっちゃんふざけんなよ! なんでお前メスなんだよ!!」

 

 俺はソイツの肩を掴んで、詰め寄った。

 

「いや、そりゃオスでも大問題だけど、ほらショタとかだったら、可愛いねで済んだじゃん! なんで女? それに幼女じゃなければ、JKでもない、なんでJDなの?? そこは幼女でしょ。物語のにもセオリーがあるの知ってる?? 奇をてらってもしょうがないの! わかる??」




「わかるわけないでしょ!? それに、しょうがないでしょ? 別に私も好きでJDやってないんだから。幼女が可愛がられるなら幼女が良かったわよ」

 

「じゃあなんで人間になったんだよ? そのままのあっちゃんでいてくれよ?」

 

「なったもんはしょうがないでしょ? 私だってなろうと思ったわけじゃないんだから? それに、こっちの方が好みじゃないのかしら?」

 

 ソイツはほらと言わんばかりに手を広げて、そのなりを主張する。


 虹色に輝く髪に、真っ白なすべすべ肌。それに、二つの大きな風船。


 俺は思わず目を逸らす。


 バツが悪くて、言葉を詰まらせていた時、ふと思い出す。

 

「てか、お前喋れんの?」

 

 彼女は「はぁっ?」と言わんばかりの表情で俺をにらんだ。そりゃ現在進行形で会話しているんだから、聞くまでもなかった。

 

「当然でしょ? 私人間なんだから? 逸らしてないでちゃんと見て!!」

 

 彼女は少し動いて、逸らしたはずの俺の視界に映り込んでくる。だから俺はさらに別方向に向くと、彼女はそれを追う。

 

「わかったわかった……勘弁してくれ!」


 流石に全裸のJD目に毒すぎて、俺は降参した。

 

「わかってくれたならよろし!」


 そう言ってこちらへ近づいて、飛びついてきたので、ひょっと避けた。彼女は空振りをして、悔しそうに頬を膨らませる。


「でも、お前とりあえず保健所な? 俺は戸籍のない生き物の扱い方は知らないから」


 彼女はなぜかアゴに手を当てて考え込むと、部屋の中に走っていった。


 流石に体が冷えたのだろう。


 俺はフンッと鼻を鳴らした。いくら一ヶ月くらいで多少愛着があったトリとは言え、さすがに戸籍のないJDを匿いたくはなかった。

 

 俺は早速、保健所への電話番号を調べていると、彼女は部屋から戻ってきた。

 

「いや、服着てないじゃん!!」

 

 驚く俺をよそに、彼女は何を手に持っていた。

 

「戸籍ってこれのこと?」

 

 彼女は一枚の紙とカードを俺に渡した。

 

「えーっと…………はっ?」

 

 そこにあったのは、不備のない住民票と、運転免許証だった。


 その時点でもう全く意味がわからないのだけど、さらに意味がわからないことがもう一つ。

 

「私、羽鳥さとりと申します。両親や親族は皆死んで、私は一人寂しい女性です」

 

「お前性格悪いな!!」

 

「はっ? あなた、好きって言ってたじゃんこの名前?」

 

「いつ言ったよ?」

 

「にやけ顔で、スマホの画面指してたじゃん?」

 

「ああ、お前のせいでそのにやけ顔の少年は死んだんだよ!?」

 

「じゃあいいじゃん!! もう私でいいじゃん? 私かわいいよ?」

 

「よくねえよ! 人の恋心踏み躙る性悪雌ドリに誰が惹かれるか!!」

 

「でも? 羽鳥さん? 逃げてったよね?」

 

「誰のせいだとおもってるんだ?」

 

「私のせいだよ!! だから責任とるって言ってるじゃん!!」

 

「お前のような、トリじゃあ席に責任をトリ得ないよ。トリだけに…………」

 

「人間なんですけど? 責任取れるですけど? 取り放題なんだですけど? トリだけに…………」

 

 あっちゃんに議論もダジャレも論破され、俺は言葉を詰まらせてしまった。



 

 どうしたらこんな初恋の終わり方をするのか、どうしたらトリがJDになるのか。どうしたら、こんな事の顛末に至るのか…………何もかも意味がわからなかった!! 

 


 ただ、たった一つだけはっきりわかっていることがあって、俺は思いっきり口にした。

 


「こんな変なトリ、拾うんじゃなかった!!」

 

 

 それから彼は、ソイツとまあまあ幸せに暮らしましたとさ! 



 おしまい(怒) 

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道端で色っぽい声で喘ぐトチ狂った鳥を拾ってしまったから、 一生分の後悔をしながら「幼女ならないかなぁ〜」と嘆いてみる さーしゅー @sasyu34

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