トリのおかげで、気になる人とお近づきになれた

 ソイツの生態としての特異性は、出会ってからの期間が長くなるにつれ、俺の中から薄れていき、今や少し変わったただのペットへと成り下がった。


 このトリにはアレックスという名前をつけた。性別がイマイチ判らないから、期待を抱かない名前にした。

 

 でも、呼びづらいから、普段はあっちゃんと呼んでいる。

 

 あっちゃんは相変わらずで、ネットで買った鳥カゴの中で元気そうに飛び回ってるし、昼間は元気よく鳴いている。

 

 俺が「スキスキ」と話しかけると反応して、返事をしてくれるのでいい話し相手にもなっていた。

 

 でも、驚くほど仲良くなれなかった。

  

 俺が餌をやっても、少し食べたかと思えば餌を加えて飛び回るし、なんなら俺に見せつけてくる。しかも長々と食いもしない。

 

 でも、話が通じないからこそ、いろんなことを話した。

 

 これまで大学であっこととか、バイト先であったこととか、気になる人とか。

 あっちゃんがそっけないからこそ、話す気になれたのかもしれない。

 

 そんなこんなで、あっちゃんとの夏休みは楽しく過ぎていった。

 

 


 そして、夏休みを終えた、大学登校初日。

 

 ちんちくりんなトリがいることがただの日常になって、秋なのに暑いなぁくらいの意外性しか持たなくなった今日この頃。「一コマしかないのに大学行くのだるいなぁ」とかほざきながら、朝ダラダラしていると。


「スキスキスキ」


 あっちゃんはいつも通り元気に鳴いていた。だけど……。


「スキスキスキスキスキ」


 その鳴き声は一時間経っても止まらなかった。


 こんなに長く鳴くことは今まで一度もなくて、鳴き声もかすかに強い。俺はかすかに不安を覚え、シンプルにうるさいという不快感を覚えた。


 だから、俺は鳴く理由となることを片っ端からやってやった。だけど、エサは食べようとしないし、水も飲もうとしないし、鳥カゴを開けても出ようともしない。


 困り果てた俺は、スマホで『インコ 鳴き止まない 対応』で調べた。あっちゃんはどう考えてもインコではないが、同じ鳥類なら大丈夫であろう。

 

 検索結果は、『無視すること』だった。


 鳴けば来てくれる学習していることが原因だから、鳴いているときは無視して、泣き止んだらしっかりと触れ合ってあげることが重要だそうだ。

 

 だから、少し距離をとって、十分間ほど放置した。だけど、相変わらず「スキスキ」と鳴き続ける。


 そもそもあっちゃんは寂し鳴きをあまりしてこなかった。

 

「もしかして、大学に行くことを察知して、寂しいアピール……まさか、そんなわけ」


 俺は自分自身で苦笑いをした。そのアイデアは、あまりにもあり得なくて、俺は考えるのやめ、顔を上げる。

 

「ってか、もうこんな時間!!」


 時計の針を見た途端、ゾッとして、俺の肌という肌に鳥肌がたった。


「ごめん、あっちゃん! 俺時間ねえわ!」

 

 その鳴き声に不安はあったけれど、問題ないだろうと希望的解釈で解決して、俺は大学まで全力疾走した。

 

「スキスキスキスキ……」

 

 この異変を見逃したことが、大きな過ちとは気づかずに…………。

 

 * * *


「やってしまった」

 

 人がぎっしり詰まった後方部に、誰一人座ってない前方部。俺はそのコントラストをみて大きなため息をついた。

 

 この科目の担当教授は、最前列の生徒ばかり当てることで有名な教授で、解答が間違っていたら怒鳴られて、合っていても細かいところにイチャモンがつく。


 それだから、皆が最前列を嫌がって、境界線が引かれたように前半分が綺麗にガラ空きになっている。


 俺は肩を落としながら、前から三列目の席に座った。ここが最前列だ。

 

「(俺はなんでこんなギリギリに出たんだ……っていうかなんであんなトリを拾ったんだ…………っていうかなんで大学に入ったのか)」


 俺がどうしようもないことを悔やみ、最終的に大学を悪だとしたあたりで、教室の空気が変わった。要するに奴が来たのだ。

 

 それと同時に、反対の入口から別の影が見えた。


 その生徒は俺と同じように講義室を見渡し、肩を落とすと、俺と同じ列に入る。



 そして…………。

 


「お邪魔します……」

 

 俺の隣でスカートを軽く整えてから、ゆっくりと椅子に座った。

 

 彼女の名は羽鳥さとりと言う。

 

 黒い長髪に、(一般的な)鳥のようにくりりとした目に、ふっくらとした頬。一般的に美人と呼ばれるにふさわしいルックスをしている。少なくとも俺は美人だと信じて疑わないし、要するに俺の気になる人だった。

 

 相変わらずの美しさに俺は思わず目を取られたが、教授の厳しい声ですぐ現実に引きずり戻される。

 

「じゃあよそ向いてるお前、答えてみろ」


 そのいかつい指先は間違いなく、俺に向いていた。

 逃げられないと悟った俺は、震える声で間違いを口にした…………。

 

 授業中、教授は俺と隣の羽鳥さんだけを徹底的に当て続け、三十回を数えたところで、授業ノートをパタンと閉じた。


「じゃあ、授業を終わる」

 

 俺は教授の背中を見送くると、ぐったりと机に倒れ込んだ。


 椅子から一歩も動いていないのに、クタクタになっていて、もう一歩も動きたくなかった。

 

 授業が終わり、講義室からはどんどん人が減っていく。その光景を机視点で、ぼーっと眺めていると、可愛い声が耳をくすぐった。

 

「お疲れ。大変だったね〜」


 俺はびくりと反応し、すぐに起き上がる。

 たぶん、授業があまりにも大変だったから、気を遣ってくれたのだと思う。だから、俺もそれなりの反応をすればいい。




スキスキスキこちらこそお疲れ様……」




 

 一瞬何が起こったのかわからなかった! いや、それは彼女のセリフだろうか。

 

 もちろん彼女はポカンとしていて、一方俺の脳内はドッカンと大爆発していた。


 彼女が見せた表情は、驚きのあまり言葉も出ないような、ドン引きといった表情に見えた。


 もちろん俺の脳内は、もう今すぐ死にたいし、なんならこの原因ともなったあのトリを道連れにして、誰もいない宇宙の果てで大爆発したくなっていた。

 

 あのトリふざけんなよ! お前のせいで、俺の初恋終わったじゃねえか! 

 

 俺はあのトリを飼ったことを強烈に後悔し始めて、どう焼きトリにしてやろうかと考えていたけど、今はそんなことをしている場合でもない。俺は現状を誤魔化すため、とりあえず言葉を紡ぐ。

 

「あっ、えっと……これは……ペットのあっ……じゃなくて、トリ…………インコと喋る時の言葉で、つい癖が…………」

 

 俺のたどたどしさがいけなかったのか、彼女はポカンとしたまま、表情を変えなかった。


 だけど……しばらくしてから、彼女はゆっくりと囁いた。

 

「スキスキスキ……」

 

 彼女は恥ずかしそうにしながらも、にこりと笑った。俺は思わず目を奪われてる。

 

「私もインコ飼ってるんだ。だから、すごくわかるよ? それ、すっごく恥ずかしいよね?」

 

「そ、そ、そそうなんだ……そうだよね! あるあるだよね……えへへ」

 

 俺はかろうじて、言葉を捻り出す。言葉がぎこちないのは、緊張もあるけれど、嬉しすぎるのもあった。

 

「ねえねえ、どんなインコ飼っているの?」

 

「えーと、なかなか変なインコかなぁ……」

 

「えっ! そうなの??」

 

「写真見る?」

 

「うん! 見る見る!」

 

 俺は「ちょっと待ってと」カバンを探る。その間も彼女は目を輝かせていた。よっぽどインコが好きなのだろう。

 

 だけど、カバンをいくら漁れど、それらしき形のものは手に当たらない。

 

「あ……今日忘れてる…………」


 あのトリ騒動のせいで、いろんなものを忘れていたし、今日はこのコマしか授業がなかったから、色々置いてきたのもあった。


「それは残念……」


 彼女は少し眉を下げて、ガッカリする。俺にはその表情が見逃せなかった。


「あっ……えーっと……じゃあ! ちょっとうち来ない!!」

 

 彼女は再びポカンとした。そりゃそうだ、いきなり男の家に誘うなんてどうかしている。


 でも、このチャンスを逃しちゃいけない。そんな気がして、思わず声が出た。


「いや、そいういう意味じゃなくて、ただ純粋に変わったインコだから見てほしくて…………近くまででいいから、そしたら持って行くから?」


 俺は弁解しながらも、必死に食らいついた。


「今日この後の予定は…………」


 彼女はぼそりとつぶやくと、考えるそぶりを見せた。

 

「特にないから観に行こうかな。……珍しいインコ見てみたいし!」

 

「本当? みてあげて? 本当に変わったインコだからさ!」

 

 こうして羽鳥さんは、俺の部屋にインコを観にくる事になった。

 彼女と俺は荷物を片付けると、講義室を出た。その時小さくガッツポーズをした。

 

 あんなちんちくりんでもこんな未来が待ってるなら、飼っててよかった!!

 

 あっちゃんまじ感謝!!

 

 俺もあっちゃんを見るのが待ち遠しくて、ワクワクしながら大学を後にした。

 

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