「交換」

低迷アクション

第1話

 「まずは“おめでとう”と言った所ですかね?」


最早、回数を気にするのにも疲れた“まんぼう施行”の前日、馴染みの店で飲んでいる時、

見知らぬ男が声をかけてきた。


少し、声が大きかったか?店主に自身の“嬉しい近況報告”を話していた最中だった。それにしても馴れ馴れしい。


“私”の不快そうな顔を気にする事なく、隣に腰かけてきた男性は自身の杯を、こちらの杯に近づけようとしてきた。


少し驚き、手で制する姿勢に相手は意外そうな顔で、口を開く。


「あれ?もしかして覚えてない…?やだなぁ。わかってる癖にぃ、それとも…あっ!…

そうか。おめでとうとか、そういうの言わない、関わりになってるのを誰かに見られないよう、他人のフリする予定でしたっけ?


ああ、すいません。すいません…それじゃ…」


手をヒラヒラさせ、そのまま去ろうとする人物に妙に胸が騒いだ。慌てて男を止め、再度、席に座らせる。幸い、気を悪くしている様子はない。口元の薄笑いがそれを証明している。


「何ですかぁ?やっぱり一緒に祝いたいんじゃないですか~。思わせぶり上手いですね~、もう…」


耳に障る声は、この際省略だ。とゆうより、覚えがある。私はこの男と飲んだ事がある。


あれは半年前のまんぼう施行前日の事だった…



 あの日、私は酷い酔い方をしていた。理由は職場でのストレス、新しく出来た後輩の無礼な態度と仕事に対するいい加減な姿勢(後で知った事だが、上司の友人の息子と言う、今時ホントにあるのか?疑問の“コネ採用”らしい)


それを見て見ぬフリをする上司に対して憤っていた。


「お辛いですね…私もですよ。全く酷い話です」


隣で私の話を聞いていたのが、この男だった。自身の職場環境が、いかに駄目な人間の多い事か?それらを話し合い、共感し、盛り上がった。


「本当に、お互い社会のクズに振り回されてますね?あんなモノ達のせいで、私達の生活が脅かされてるのはオカシイです。鉄槌を下してやりたい」


「わかる。わかるよ。だけどなぁっ、住んでるお国は法治国家だし…」


「それを言ったら、お終いです…あっ、そうだ?こーゆうのはどうです?本で読んだ事あります。私と貴方の恨みを持つ相手を、それぞれ交換して恨みを晴らすと言うのは?」


「交換?」


「代理とでも言うんですかね。私が貴方の会社のクズに恨みを晴らす。貴方は、私の会社のクズに恨みを…仮に警察が介入するような事態になったとしても、因果関係を見いだせないですし、そこは偶然のように上手くやりましょう。


殺してはいけません。一生苦しめてやらないと…例えば、高架橋かなんかで、

下に突き落とす。足を複雑骨折、後遺症が残る。いやいや、これだけでは駄目ですね、

障がい手帳をもらうくらいには痛めつけないと…


あの手の輩に反省なんてありません。今度はその障がいを理由に、周りの哀れみを請おうとするでしょうよ。ですから、職場復帰出来ない位にしてやるべきです。


なぁに、警察の心配はいりません。電車とか、大学の入試会場でよく起きる突発的殺人には対処できても、このような小さな恨み、どうせ貴方の所のクズも周りからも嫌われてるでしょう?誰もが、死や事故を願っている。


犯人候補は多そうです。そこに何の関係もない私達、辿り着く前に、捜査は終了します。どうですか?この考え…」…



 私は大いに賛同したのだ。そこからは、お互いの恨みを持つ相手の個人情報をベラベラと喋り、時間の許す限り、計画を立てた。


(だが、それはあくまで酒の席の話だ)


実際に行うなど、あり得ない。私とてバカではない。現に私は、男と話をする時点で

“ある現実的な対策”を考え、実行していた。今日はそのお祝いのために来ていたのだ。


こちらの気持ちを察する事もなく、男の快活な語りは続く。


「私も酒の席の冗談だと思ったんですよ。実際、忘れかけてました。そしたら、先月から続けてやってくれました。驚きました。1人は階段、1人は電車に、どっちも退職ですよ。


いや、実際凄いらしいですね?急停車をかけたとは言え、電車に頭ぶつけた人の悲鳴って

やつは…皆、パニックになって阿鼻叫喚…動画見ました。最高のショーですよ。全く…


だから、私も」


「ちょっと待ってくれ」


興奮しだした口調を中断させた。この男は勘違いしている。それも致命的なだ。


「どうしました?これからが楽しい部分ですよ。貴方の…」


「“転職”したんだ」


「ハイッ?」


「アンタに話をするだいぶ前から、あの職場には見切りをつけててね。活動してたんだ。

年齢もアレだし、無理かなと思ったけど、幸いどうにかなった。


今日はそのお祝いで、この店に来たんだよ。だから、君の恨んでる2人の事故は、

ただの事故…関係ないんだ。私はやってない」


明るかった男の表情が曇る。何かを考えているようで呟く。


「そっか…だから、話しても、すぐに思い出さなかったのか?だよな、職場変わってれば…

参ったな」


男の口調に寒気を覚える。彼が何を言いたいのか、嫌でも察せられた。背筋が冷え、酔いが一気に醒めた。


しばらく考え込む表情をした彼は、やがて、献立の材料を買い間違えた主婦のような感じで遠くを見つめた後、アッサリとこう言った。


「参ったな、1人目…もうやっちゃったよ」…(終)

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