はりがみ
黒糖はるる
はりがみ
“りんごあめ 始めました”
オレの住んでいる街にある商店街。
今ではすっかり寂れてしまいシャッター街となった場所。その内の一角のある店舗に、そんなことが書かれている紙が貼られていた。
「何でりんごあめ……?」
こういうのは普通“冷やし中華”と相場が決まっているだろう、と思ってしまう。
だが、それよりもツッコミを入れるべきなのは……。
「シャッター閉まってるじゃねーかよ」
この店、現在閉店中である。
そもそも、店名すらない。何屋さんなのでしょうか。
「ここって、前は何の店だっだっけ?」
前の店主がボケて貼ったのかと考えたが、以前の店舗すら思い出せない。
「……あー、やめやめ。時間の無駄だ」
こんなどうでもいいことに関わっているほど暇ではない。
オレはさっさとバイト先へ向かうことにした。
※
次の日。
オレはまたバイトに向かうため、シャッターだらけの商店街を歩いていた。
その道中、
貼り紙はまだあった。
しかし、その文章は変わっていた。
“メロンソーダ 始めました”
また、新しいメニューを追加しようとしているようだ。
店舗が開いていないのに増やしてどうするつもりなのだろうか。
「
それにしては、チョイスが微妙というか。
斜に構えた不良がするには程度の低さが気になってしまう。意図も分からないし。
結局、その日もオレは考えるのをやめてバイトに専念するのだった。
※
また、次の日。
二度あることは三度ある、という言葉の通り。
件の店舗の貼り紙は書き換わっていた。
“だんご 始めました”
三日連続のメニュー更新。しかもそのどれもが甘ったるい物ばかり。スイーツ屋でも始める気なのだろうか。和洋折衷タイプの。
※
またまた、次の日。
予想通り、貼り紙は違う文章になっている。
しかしスイーツ縛りかと思っていたが、そちらの予想は外れてしまった。
“五目焼きそば 始めました”
急に路線変更してきた。
三連続甘い物を追加してきたと思ったら、今度はソースが香る炭水化物をぶつけてきたぞ。
何故だろう、楽しくなってきた。
明日はどんな内容がメニューに追加されるのか、わくわくしてきた。
※
今日はどんな内容だろうか。
るんるん気分でスキップ刻み、商店街を跳び回る。
誰がやっているのか知らないが、面白い企画じゃないか。家とバイトの往復、そしてたまに友人と遊ぶこと以外楽しみがなかったオレには新鮮な娯楽だった。
「それで、今日の追加メニューは……っと」
“ババロア 始めました”
「お?またスイーツ路線に戻った、だと?」
不意を突かれた。
ここから先は炭水化物系かB級グルメを中心に狙ってくると考察していたが、まさかの初期路線とは。
一歩だけ焼きそばに踏み込んでからのUターン、なんという策士。
これは負けられない戦いになってきたな。
※
休日。
バイトのシフトは入れていない。いくら時給が良くても本来の休みの日まで働きたくない……そういう意図でスケジュールを組んできた。
それは家の中でだらだらごろごろ、まったりタイムを楽しむためだったが、今日はお外へお出かけだ。
理由は勿論、例の店舗の貼り紙を見に行くためだ。
「きょ~うのメニューは、な~にかな~♪」
今年で二十五歳になるというのに、小学生時代みたいに自作のメロディーを口ずさみながら歩く。
何気ない変化を楽しみにするようになったことで童心に返り、脳も若返ったのだろうか。
それなら健康にも良いはずだし、楽しく出来るから良いことずくめだ。
“あじのひらき 始めました”
「ほほ~う、干物が来ましたか」
ここで急に別方向へ舵を切ったな。
しかし油断は出来ない。またスイーツ路線に戻るのかもしれない。
よく考察して、明日来るメニューを予想しなければ。
※
さて、“あじのひらき”の次に何が来るのか考えてみよう。
まず可能性が高いのは同じ干物、“ほっけ”あたりが妥当だろうか。しかしこの前は“ババロア”が飛んできた。ということは必ずしも似ている仲間が選ばれるとは限らない。
だが、最初の三つは甘い物三連続だったことから、何らかの法則があるはずなのだ。
「だとすると……干してあるもの、は合っているのか?」
魚の干物、では範囲が狭すぎる。それならば乾物全体から考えた方が楽であろう。
で、答えは。
“きんめだい 始めました”
そこでまさかの魚、再び登場。しかも生なのか干物なのか、はたまた煮付けなのか状態についてさっぱり分からない。
とりあえず、“きんめだい”を使用した料理もしくは“きんめだい”そのものを取り扱っている、という認識で良いのだろうか。閉店中だけど。
※
これまでの流れでは甘い物が三連続で追加された。その後焼きそばを挟んでまた甘い物。それから魚が二連続。
ここから見えてくる法則性は……。
「三、一、三……かな」
まるで脳トレに出てきそうな問題だ。
順番に並べると、
甘・甘・甘・麺・甘・魚・魚
――である。
つまり三回続くと一回別の種類が挟まり、また同じ種類が一回。するとまた三連続のものが来るが、それはまた別の種類。
どんな食べ物が選ばれているのかは分からないが、順序の法則だけは何となく分かってきたぞ。
で、この法則に当てはめると次に来るのは魚だ。
“あじのひらき”や“きんめだい”とそこそこメジャーな魚だから、ここはいっそのこと大間の本マグロ、なんて来たら面白いな。
※
結論から言おう。
オレの予想は大ハズレだった。
別に「さすがに大間の本マグロは仕入れられないか」なんて話ではない。
オレの導き出した法則「三・一・三の順序」が崩れたのだ。
“イカスミパスタ 始めました”
「ここで麺類かよ……」
まだ魚が二回しか来ていないのに、炭水化物――しかも麺類がやってきた。
ここまでの順番をまとめると、
甘・甘・甘・麺・甘・魚・魚・麺
法則性があるのかと思っていたが、“イカスミパスタ”の降臨によりその全てが
「いや、まだだ。もっと追加されるメニューが分かれば違う法則性が見えてくるはず……!」
そう、まだデータが足りないだけなのだ。
もっと貼り紙の種類を見ていけば、きっと何らかの法則があるはず。そうでないのなら、わざわざこんな手の込んだ悪戯的企画をしないだろう。
【そんなオレの考えは、次の日に
※
「嘘だろ……」
貼り紙には、想定外の文章が書かれていた。
“探偵事務所 始めました”
「食べ物どころか、売り物ですらねぇ……」
今までの法則はあくまでも食べ物に関する種類の話だった。
だが、“探偵事務所”はそんな狭いくくりに収まる代物じゃない。もう一番最初の甘い食べ物三連続、の時点から間違いだったのか。
「畜生、段々意味分からなくなってきたぞ」
【ここから先、貼り紙の内容はどんどん支離滅裂になっていった。】
※
“小学生 始めました”
小学生になったのか、小学生がいるのかどっちなんだ。
というか後者はただの人身売買だろ。
“イリオモテヤマネコ 始めました”
絶滅危惧種になってしまったのか、それとも取り扱っているのか。
あと、これも犯罪じゃないか。
“コブラツイスト 始めました”
何故プロレス技をかけてくるんだ。
誰が喜んで受けるか、馬鹿野郎。
“トレーニングパンツ 始めました”
急に幼児になったぞ、オイ。
トイレトレーニングするほど幼児退行したのか、店主。
“月見ハンバーガー 始めました”
待て。
それは普通に見たことある気がする。
大手ファストフード店がのぼり旗を出していそうだからやめろ。
※
ここまで追ってきて、さすがにオレも気付いた。
この貼り紙の法則性。
それは――しりとり。
大したことのない、子供の遊びみたいな法則だ。
最初に甘い食べ物が三連続で来たせいで、完全に見逃していた。
最初は定番の“しりとり”の「り」からスタート。
りんごあめ。
メロンソーダ。
だんご。
五目焼きそば。
ババロア。
あじのひらき。
きんめだい。
イカスミパスタ。
探偵事務所。
小学生。
イリオモテヤマネコ。
コブラツイスト。
トレーニングパンツ。
月見ハンバーガー。
並べて見たら一目瞭然だった。
ここまで真面目に考えていた自分が馬鹿みたいだ。
「ってことは次は……伸ばす音か」
こういう場合に伸ばした母音を取るか伸ばす前の音を取るかで、地域ごとの差が出る。
さて、店主……もとい企画主はどちらを使うのだろうか。
※
「なるほど、そっちで来たか」
“アルミニウム 始めました”
どうやら企画主は伸ばした母音を取る派だったようだ。
奇遇なことに、オレも同じだ。
企画主とは気が合いそうだ。もし出会う時があったら飲みにでも誘ってやろうか。
「なーんてな」
冗談はさておき、法則が分かったので謎解きは終了だ。
ここで見守るのを終わりにしてもいいが、それでは味気ない。
折角のしりとり貼り紙だ、「ん」が付くまでどこまで伸び続けるか見届けてやろう。
【多分、ここでやめておけば良かったんだと思う。】
【ここでスッキリ終わらせて、貼り紙なんて気にしなければ良かったんだ。】
※
“虫取り 始めました”
「店主遊びに行っちゃったかー」
“リトマス試験紙 始めました”
「科学の分野にも手を出すのか」
“司会者 始めました”
「テレビに出る気かよ」
“シャンデリア 始めました”
「輝き過ぎだろ」
“赤とんぼ 始めました”
「哀愁漂うな」
“冒険家 始めました”
「それ、いつ帰ってこれるんだよ!?」
“怪獣退治 始めました”
「どんな専門家!?」
“ジンバブエドル 始めました”
「ケタが凄いことになりそう……」
“留守番電話 始めました”
「それ、ただの不在ってだけじゃね?」
“和式便所 始めました”
「洋式にして下さい」
“除霊 始めました”
「…………ん?」
“生き地獄 始めました”
「はい?」
“首絞め 始めました”
「ちょっと待って」
“目潰し 始めました”
「それってどういうこと」
“
「そんな物騒な……」
“切り裂き魔 始めました”
「通り魔じゃないか……」
“まだ見ているんだね”
「…………え?」
“え、じゃないよ。君のことだよ”
貼り紙が、口語に変わった。
今、目の前で。
誰も触れていないのに書き換わったのだ。
「いやいやいや、あり得ない」
これは幻覚だ。
そんな超常現象あり得ない。
“本当だよ。ほら、書き換わった”
また、文字が変わった。
なんなんだこの貼り紙は。
“なんなんだって、君の言う通り貼り紙だよ”
「――っ!?」
貼り紙の文章は、オレの心の声に応えた内容だった。
そんな馬鹿な。
幽霊?妖怪?化け物?
どうしてオレがこんな訳の分からない物体とコミュニケーションを取らないといけないんだ!?
“どうしてって、君が気付いてくれたからじゃない?”
「どういうことだよ!?」
“君が見つけてくれて付き合ってくれたから、ここまで続けたんだよ”
「まさか、オレが最初に貼り紙を見た時からずっと……」
“そうだよ。君が興味を持ってくれたから楽しませてあげたんだよ。だから今度はこっちを楽しませてよ”
「意味分からねーよ!お前が何者なのかも分かんねーし、何のためにこんなことしているのかも理解出来ねーんだよ!」
“理由って、ほしいの?”
「はぁ!?」
“遊ぶのに、理由ってほしいの?”
「遊ぶって……」
“あ”
“そ”
“ぶ”
“の”
“に”
“り”
“ゆ”
“う”
“が”
“な”
“い”
“と”
“い”
“け”
“な”
“い”
“の”
“?”
“ねぇ?”
※
【あれから、オレはそいつの遊び相手をさせられている。】
【多分この世ではない、どこか別の場所で。】
【どうやらそいつの仲間はいっぱいいるみたいだ。】
【でも、この世の方に自力では行けないらしい。】
【だからあの手この手で玩具を自分達の世界に引きずり込もうとする。】
【要するに、あの貼り紙は罠だったんだ。】
【遊び相手が、玩具がほしいから。】
【教訓。】
【理解不能なものに関わってはいけない。】
【もう、活かせそうにないけれど。】
はりがみ 黒糖はるる @5910haruru
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