第2話 ガツガツパクパク
そのまま俺たちは店に入った。聞いたことのあるようなないような店だった。彼女と俺は注文を済ませると、再び沈黙してしまった。
「私は
沈黙を破ったのは彼女だった。
「さっきの男の人は私の彼氏です。なんか、みんなが言うには、DV彼氏?みたいで。私は好きだから別によかったんだけど、パチンコにはまっちゃって。私が専門学校に行くための貯金も使おうとしたから、今日隙をみて逃げたんです」
彼女は、淡々と、他人事のように話した。
「そうか、だから見つかりたくなくて焦ってたのか」
「そうです。あなたは?私はしゃべったから、あなたが自分の事黙ってるのはどうかと思いますけど」
「ごめんごめん、俺が誘ったんだから先に名乗るべきだった。俺は
「いいです、払います。自分の食べる分くらい払うお金はありますから。奢られても食べにくいし」
彼女は露の浮いているコップを指でストライプ柄にしていた。細くてきれいな縦じまだった。
「俺が奢るって言ってるから気にしなくていいよ、むしろラッキー、食べまくってやろう、ぐらいの気持ちでいればいいのに。俺は今、人から感謝の気持ちが欲しいんだよ。ほら、感謝感謝」
「なんか、おじさんみたいなこと言いますね」
「おじっ、おじさん…」
ショックを受けている俺を見て、彼女は初めて笑った。きっとモテるだろうなと思った。
「俺まだ26なんですけど…」
「私は19です」
「19か…19歳から見たら俺はおじさんか?いや、まだ…」
おじさん呼ばわりされてまだ凹んでいる俺を、彼女は少し楽しそうに眺めていた。
「じゃあ、今回は奢ってもらうことにします。感謝しますね」
「あ、うん、…どうも」
いつもならもっと上手く返せるのに、我ながら情けない返答だった。でも、彼女の感謝はいつも以上に俺の心にしみた。
「お待たせしましたー、ご注文の春巻、肉まん、エビチリでーす」
料理が運ばれてきた。香辛料の匂いが食欲をそそる。彼女も少し目を輝かせていた。
「「いただきます」」
まず肉まんを頬張る。分厚くフカフカした皮がなんとも美味しい。中のタネはあっさりとした味付けで、溢れてくる肉汁と良く合う。
彼女を見ると、夢中になってエビチリを食べていた。きれいな食べ方だと思った。唇が朱く、つやつやと光っていた。
俺が見ていたことに気づいた彼女は、慌てて箸を置いておしぼりで口を拭いた。
「…すいません。ガツガツ食べるのは良くないですね」
「いや、むしろ気持ちいい食べっぷりだなと思ってみてたんだけど。パクパク食べてる人は見ただけで、あ、美味しいんだなってわかるし。エビチリ好きなの?」
「はい。というか、美味しいごはんは何でも好きです。久しぶりにこんなに美味しいごはん食べたので」
彼女の頬は少し紅かった。
「じゃあ、俺もエビチリもらおうかな」
彼女に肉まんをすすめ、俺はれんげで掬ったエビチリを口に運んだ。
プリプリしたエビが歯で弾ける。ここのエビチリは少し辛いようだ。甘めのチリソースとピリピリとした感覚がクセになる。
「…!!…おいしい」
彼女は肉まんに感動していた。もぐもぐと動く口の端が上がっている。そうだろうそうだろう、それ美味しいよな、と俺はウンウンと頷いた。
「今までコンビニの肉まんばかり食べてたけど、これ、めちゃくちゃ美味しいですね」
「ここたまたま入った店だけど大当たりだな。中華は結構外食で食べてるけど、ここの店は全部うまいなぁ」
春巻を口に運ぶと、パリパリパリ、と皮の良い音がなった。良く揚がった皮とは対象的に、中のとろっとした熱々の餡が安定の美味しさだ。春雨のチュルチュル感がのどごしを良くしていて、オイスターソースが馴染んでいる。
「よく中華料理の店に行くんですか?」
「うん、俺も基本何でも食べるけど、彼女が中華料理好きで…」
彼女の口がぴたりと止まった。
瞬間、今朝の彼女の寂しそうな笑顔が浮かんだ。
「あー、ごめん。今のなし。」
誤魔化そうかと思ったが、彼女はじっと俺を見つめてくる。
俺は烏龍茶をゆっくり飲み、彼女から目をそっとそらした。
「…えーっと、今まで彼女と同棲してたんだけど、この間振られて、ちょうど今日、同棲解消したんだよね。」
夜衝 @neineineinei
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