夜衝

@neineineinei

第1話 匿って下さい

─それは、一夜の衝動だった。



三年付き合った彼女に振られるなんて、思ってもいなかった。

そうでもないと、潰れるまで飲みたいとも思わなかったし、あの夜に飲み歩きに行こうとも思わなかった。


付き合って本当に嬉しくて、記念日も忘れたことがなくて、週末にはしょっちゅうデートして。同棲を初めてからはもっと楽しかった。楽しかったのに。


でも、振られていなければ、多分。

彼女にだって、会わなかった。



─それは、たった一夜の衝動だった。





「ちょっと匿って下さい…!」

そう言って、いきなり若い女の子が俺の懐に飛び込んできた。突然のことだった。

そのままの姿勢でかたまっていると、

「あいつ、どこいった…クソ、逃がさねえぞ」

そう言いながら、缶ビールを手にした男が通りすぎていった。


「…ありがとうございます。ごめんなさい。じゃ、さよなら」

「いや、ちょっと待ってよ。追いかけられてたんだよね、大丈夫じゃないでしょ」

踵を返してどこかへ去ろうとする彼女の手を掴み、俺は必死でひき止めた。

「大丈夫ですから、じゃあ」

そう言われても、俺は手を離さなかった。

「…離してよ、なんで離さないの」

俺にも分からなかった。でも、ここで手を離したら、彼女がまっ逆さまにどこかへ落ちていってしまう気がした。

自分でも何をしたいのか分からなくて呆然としている俺の目の端に、さっきの男が帰ってくるのが映った。

「さっきのあいつが帰ってきた、」

その瞬間、彼女は走り出した。俺に手を掴まれていることも気にせず、ただ必死に、俺を連れて走った。俺はただ、彼女に振り落とされないように、必死で、走った。







眩しい光で我に返ったのか、彼女が足を止めたそこは、中華街の入り口だった。

「…ごめんなさい。あなたまでつれて来ちゃった」

そう彼女は言った。彼女の睫毛は、長くて、少し下を向いていた。

「俺は大丈夫、あいつを見つけたときから逃げるつもりだったし。」

「…迷惑をかけてごめんなさい、じゃあ」


そう言ってまた帰ろうとする彼女を、俺はまたしてもひき止めた。

「今行ったら、またあいつに見つかるかもしれない」

「じゃあ、どうしろって言うの」

…それは考えていなかった。










「…俺とごはん食べるの、嫌?」

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