不動産活用でDV対策に協力したら、おねショタコルホーズが出来てしまた

トファナ水

不動産活用でDV対策に協力したら、おねショタコルホーズが出来てしまた

 疎遠だった父の訃報が届いた。差出人は法律事務所の名義だ。

 遺体は既に火葬され、本人の意思で永代供養塔に納骨されたが、資産整理が必要なので連絡が欲しいという事だった。

 記載されていたアドレスへメールを入れると、すぐに返事があった。

 相続資産のリストは出来ているが、不動産もあるのでまずは現地で確認して欲しいという。

 両親は僕が赤ん坊の頃に離婚して、僕は母親の元で育てられた。以後、父には会った事がない。

 母からは、父に関する話をほとんど聞いた事がなかった。かろうじて知っているのは、父のギャンブル好きと暴力に耐えかね、母が僕を連れて逃げ出したという事だけだ。その母も三年前に亡くなった。

 顔も覚えていない父親が死んだと聞いても、哀しみの感情は特にない。僕にとっては母から聞いていたクズであり、今更どうでも良かった。

 とはいえ一応は親子なので、後始末はしなくてはならない。面倒だが、次の土曜に出向く事にした。



 父が住んでいたのは、僕が住む街から遠く離れた、過疎地の農村だ。鉄道が廃線となって久しく、遠方との往来が不自由な場所である。

 幸い、昨年に高速道路が完成した為、ある程度アクセスは改善された。

 車を走らせる事、約五時間。目的地付近のインターを出て、カーナビに従い指定された住所に向かうと、朽ちかけた廃駅舎の向かいにある、古い鉄筋二階建ての建物に「尾根井法律事務所」の看板が掲げられていた。


「大屋 翔太さんですね。尾根井 真理亜と申します。この度は、お父様の相続財産管理人として、村から委託を受けました」


 尾根井弁護士はスレンダーで浅黒い肌が特徴的な、東南アジア系の顔立ちをした三十代半ばの女性だった。金縁の眼鏡が少し古風である。

 挨拶もそこそこに、僕はまず、父の最期の様子について尋ねる事にした。


「お父様は農家だったのですが、ご両親…… あなたから見て祖父母が亡くなって以降は一人暮らしでした。昨年、末期ガンを宣告されて名古屋のホスピスに入院、そこで亡くなられたのです」

「再婚はしていなかったのですね?」

「はい、異母弟妹に該当する様な方もいません。他の親族の方は全員、都会に就職する等で村を離れていて、交流も絶えていた様です」


 父方の親類について、僕は全く知らないし、関わりを持つ気もなかった。こちらの地元に不在なら、むしろありがたい。


「遺言状はあったのですか?」

「いえ。ですが法定相続人はあなたのみですので、紛議は生じません」


 尾根井さんが示してきた遺産目録によると、父の遺産は、まとまった金額の預金、水田を主体とした農地、そしてアパートである。

 ギャンブル好きと聞いていたから借金が心配だったが、その点は杞憂だった様だ。


「それにしても、預金と農地は解りますが、こんな過疎地にわざわざアパートを建てたのはどういう訳でしょう。自宅が遺産に含まれていないのも気になりますね」


 アパートは、一階当たり一Kが十室の鉄筋二階建てが二棟。計四十室もあるのだが、この地域に需要があるとはとても思えない規模だ。


「高速道路の工事が始まる際に、作業員の宿舎として貸し出す為、老朽化していたご自宅をアパートに建て替えたそうです。ご本人も、入院まではその一室にお住まいでした」

「なるほど。でも、高速道路、去年には完成してますよね。その後の入居者はどうなっています?」

「工事作業員が退去して以後、完全に空室となっています」


 工事なんてずっと続く物ではないのが解りそうな物だが、建設業者の口車にでも乗せられたのだろうか。ギャンブルで身代を食い潰すよりは遙かにマシだが、僻地のアパートなんて、相続してもとんだお荷物である。


「他にも、結構な広さの農地がありますね」

「はい。元々は半分ほどだったのですが、ご親族の方が村を去る際に譲渡を受けた等で、随分と広がっています。現状で、個人の所有農地としては、村で五本の指に入る筈です」

「ちゃんと耕されていたんですか?」

「いえ、ご自分一人で耕せる範囲は作付けされていましたが、大部分は耕作放棄状態でした。入院されて以後、そこも休耕状態となっています」


 農地も厄介な不動産だ。他の用途への転用には、面倒な審査や手続きが必要となる。また転用しようにも、こんな僻地で何に使うというのか。

 ともあれ不動産は、ただ持っているだけで税金がかかる。加えて、管理責任も負わねばならない。


「正直、相続を放棄すべきか迷います。管理に困るんですよ」


 預金の金額も結構な物なので、相続税や不動産の維持にかかる税金を考えても、当面の収支は見合うと思う。だが遊休不動産を抱えてしまうと、後々の面倒事が起きる心配もある。

 法律上、不動産はいったん相続してしまうと、譲渡しない限りは所有権を放棄出来ないのだ。こんな僻地では買い手も見つからないだろう。


「そう思われるのも無理はありません。ですが相続資産の運用にあたり、是非ご考慮頂きたい事があるのです」

「安定した借り手でも?」

「はい。まず農地の方ですが、耕作を委託すれば納税分の収益は出ます。専門の業者さんも県内にいますので」


 農地については、あっさりと解決策が出た。問題はアパートだ。


「アパートの方はどうです?」

「実はこちらが本題です。DVという言葉はご存知ですか?」

「夫婦間の暴力の事ですね。僕の母は、まさに父からその様な目にあわされて離婚したと聞いています」

「DV被害を受け、自宅から逃げる女性は後を絶ちません。ですが実家や友人を頼れずに、当座の住まいに困る方も多いのです。私は離婚の調停や訴訟をメインに扱っていますが、依頼者の仮住まいを確保するのに苦労しているのですよ」

「ああ…… それで、DVから逃げた女性に、うちのアパートに入居してもらえないかという訳ですか。でも、公共でそういう人の為の避難所がありますよ? 母子寮とか」


 僕自身、幼少期は母と共に母子寮へ住んでいた。状況が落ち着いて、一般の公団住宅へ移ったのは小学校へあがる時だ。

 DVは確かに問題だが、フォローは行政の役目ではないのか。


「母子寮は子供連れが条件なのですが、DV被害者には子供がいない人も多いのです。そういう人の為の避難所も整備され始めてはいますが、数が追いついていないのが実態です」

「なるほど」

「その中でも特に住まいを得にくいのは、国際結婚で日本に来た、外国出身者です。残念な事に、賃貸住宅の経営者には、外国人を忌避する人も多いのですよね……」


 慣習の違いや言葉の問題等で、外国人が賃貸物件を借りにくいのは事実だ。離婚係争中という不安定な立場なら尚更だろう。


「そこで、外国人女性のDV被害者が、躊躇せずに避難して離婚準備が出来る環境を用意したいのです」

「主旨は解りましたが、入退去のトラブルとか、家賃滞納があっては困ります。大丈夫ですか?」

「経済的に厳しい方には家賃補助が行政から出ますし、あくまで仮住まいです。万が一のトラブルの際は、私が弁護士として対応しますのでご安心下さい」


 尾根井さんはよどみなく、僕の懸念に答える。流石は弁護士だ。

 そこでふと、僕は気になった事を尋ねてみた。


「失礼ですが尾根井さんも、海外のご出身ですか?」

「似て非なる立場ですね。私は日本で生まれ育った二世なんですよ。母は結婚相談所を介して渡日したフィリピン人で、父はここで農家を代々営んでいた旧家の跡取りです」


 結婚難から、フィリピン人女性との国際結婚を斡旋する業者の存在は知っていた。バブル期の頃に登場したというから、初期に生まれた子供は三十代となる。


「母は祖母との折り合いが悪くて、私が三歳の時に本国へ帰ってしまいました。それから音信不通です」

「お父様はご健在ですか?」

「五年前に逝きました。実家はずっと空き家だったんですが、私も結婚に失敗して、それを機に東京から戻って来たんですよ」

「そうでしたか……」


 国際結婚の離婚率は、日本人同士よりも高い。うまくいっている夫婦も少なからずいるだろうが、リスキーなのは間違いない。

 尾根井さんがそのフォローを仕事にしているのは、恐らく自身の経験が影響しているであろう事もうかがえた。

 村、つまり自治体が選んだ管財人という事もあるし、誠実さは期待出来そうである。

 何であれ、入居者があって家賃収入が期待出来るなら、アパートを維持する目処が立つ。加えて、人助けにもなりそうだ。


「解りました。お受けしましょう」

「ありがとうございます!」


 こうして僕は尾根井さんの提案に同意した。この時は、多少なりと利益が出ればいいという位の、軽い気持ちだった。



 アパートの相続から一年後。

 尾根井さんから紹介された不動産屋に委託しているのだが、経営状況は順調だ。

 アパートの入居率は、常に九割以上。無論、尾根井さんの顧客だけではそんな数にはならない。離婚を主に扱う仲間の弁護士からも、入居希望者の紹介を受けているという。

 また、入居期間は長くても二ヶ月以内だ。退去時には離婚の案件が片付いている訳で、尾根井さんや、仲間の弁護士の能力の高さが窺えた。

 入居率・回転率が共に高い為、月々の家賃だけでなく、入居時の礼金も大きな収入となっている。

 一方、僕は唐突に職を失った。

 僕の職場は日本酒を扱う小規模な酒造会社だが、社長が急死して後継者もいない為、事業清算が決まったのだ。

 後継者問題で廃業する中小企業は珍しくないが、従業員にしてみればたまった物ではない。幸い倒産ではなく黒字清算なので、割増退職金は出るし、会社都合として雇用保険もすぐに受けられる。加えて僕にはアパートの賃料収入もある為、生活には困らない。

 何ならこのまま早期リタイヤして、好きな事をして過ごせる位の経済状況だったのだが、ふと気付いた。

 僕には、やりたい事がない。

 母子家庭で苦労をかけた母は、僕の大学卒業・就職を見届けると、あっけなく心不全で亡くなってしまった。孝行したい時には親はなしと言うが、まさにその通りである。

 裕福とは言いがたい状況で育った事もあり、熱中した趣味もない。せいぜいネットかレンタルDVDを見る位が、僕のささやかな娯楽だ。

 失った仕事も、食べていく為が第一と考えて手近で就職した物で、さしてこだわりはない。

 職場の同僚とは私的な付き合いがなかったので、相談出来る様な友人もいない。

 これからの事を思い描けない僕は、食っちゃ寝で過ごす生活を続けていた。



 転機が訪れたのは、失職してから半月後だ。

 何となくつけていたTVに、高速道路で車に飛び込み自殺があったという報道が流れていたのが気になった。

 場所はちょうど、アパートがある村のインターの辺りだ。あそこは高速バスの停車場があるので、歩行者も階段で高架へ入る事が出来る。

 亡くなったのは、東南アジア系とみられる三十代前後の女性という事だった。

 よもやアパートの住人ではと思い、尾根井さんに電話をかけてみると、悪い予想は的中していた。


「あの方は、アパートに入居される予定の、私のクライアントでした。こんな事になり、とても残念です……」


 無力感からだろうか、尾根井さんの声はとても沈んでいた。


「安全な場所までたどり着く直前だったのに、どうしてでしょう?」

「推測しか出来ませんが、将来の見通しが立たなかったのだと思います。離婚が成立しても、異国で一人になってしまう訳ですから」

「その辺り、もう少し詳しく教えて下さい。離婚出来た後、僕のアパートを出た女性はどうしているんです?」


 これまで、離婚が成立して退去した女性が、その後にどうなったかは気にした事がなかった。だが、こういう事件があった上は知っておきたい。


「大屋さんのアパートは、子供連れではない単身が前提です。その為、離婚によって在留資格を失う方もいて、そういう方は基本的に帰国支援という事になります」

「〝そういう方〟という事は、在留資格があれば、子供がいなくても帰国しない方が結構いるんですか?」


 意外な答えが返ってきた。僕はてっきり、ほとんどの人は帰国している物だと思っていたのだ。


「永住権を得た、もしくは日本に帰化した方ですね。特に後者は出身国の国籍を放棄していますので、帰国を希望しても難しいケースが多々あります」

「そうなると、離婚後も日本で生活再建をする必要がある訳ですか」


 帰化した人もいる事を指摘されて合点がいった。

 国籍を変えるというのは、軽々しく行う様な事ではない。移住後に生活が破綻する可能性を考えた上で決断する必要がある。夢破れたからといって、捨てた祖国へ戻れるとは限らないのだ。


「はい。ただ、やはり人種偏見の目で見られる事もありますし、お仕事を探すのは大変なのが実態です。離婚成立後のサポートは専門のNPOへ引き継ぐ事になりますし、こちらに出来る事は限られていますね……」


 尾根井さんは、口を濁しながら事情を説明してくれた。いったん帰化を受け入れた以上、社会は日本人として遇するのが筋だ。だが制度上は平等でも、個々の市民にその様な姿勢を強いるのは難しい。

 亡くなった女性は、そういった状況から、先の展望が開けずに絶望してしまったのではないか。

 間接的にでも関わった人が命を絶ってしまったのは、何とも気分が悪い。僕に出来る事はないかと思った時、ひらめいた事があった。


「僕の農地を耕してもらう事は出来ませんか? アパートに入居された方の内、希望される方には村へ引き続き住んで頂けばいいんですよ」


 落ち着き先を探さねばならない女性達を保護する一方で、僕は広大な農地の耕作を業者に任せていた。

 気付いてみれば何とも間が抜けた話だ。だが存外と、複数の課題を組み合わせて解決に導く発想というのは出てこない物である。いわゆる〝コロンブスの卵〟だ。


「確かにそれは盲点でした! 実は私も、村には結構な規模の農地を持っているんですが、全部委託しているんです」

「今度、その辺りをご相談しましょうか。先日、僕は失業しちゃいまして。今住んでるのは公共住宅ですし、いっそ村へ引っ越そうかなとも思うんですよ」

「そうでしたか。でしたら、いい物件をご紹介出来ますので、是非いらして下さい」


 空虚だった僕に、すべき事が出来た。



 翌日の朝、僕は村へと向かった。高速道路に乗り、途中のサービスエリアから尾根井さんに電話をかけると、紹介する物件で落ち合いたいという。

 指示された住所をカーナビに入力し、誘導に従って車を走らせると、着いた場所は水田地帯から少し離れた山のふもとだ。

 そこには欧州風のレンガ造りの建物、いわゆる洋館が立っていた。

 玄関前には尾根井さんのランクルが停まっている。表札には「ONEI」とあり、ここは彼女の自宅らしい。


 呼び鈴を押すと、程なく玄関の扉が開き、尾根井さんが現れた。


「お待ちしていました!」

「ここ、尾根井さんのお宅だったんですか」

「はい。私の曾祖父にあたる人が、いわゆる西洋かぶれだったとかで、こういう家を建てたんだそうです。大正時代の建築ですから年代物ですよ。お昼の支度も出来ていますから、ささ、どうぞ」


 僕はそのまま、シャンデリアに銀の燭台、細かな彫刻が施されたテーブルに椅子等、時代がかった調度品が揃えられた食堂に通された。

 食卓に供されたのは、尾根井さんが狩ってきたというイノシシのステーキである。趣味と実益を兼ねて、狩猟をたしなむそうだ。

 分厚い野生の肉に舌鼓を打ちながら、僕は昨日話したアイデアについて、改めて訊いてみた。


「昨日は思いつきで言ってしまいましたが。地元民として、見立てはどうですか?」

「実は過疎化対策として、農業法人を作ろうという話が村では数年前からあったんです」


 つまり、僕の提案には元々、村側で受け入れる素地があったらしい。


「どうなりました?」

「村議会で助成金制度を制定したまでは良かったんですけど、実際に従事する人がいなかったという情けないオチがついています」

「やはり、難しいでしょうか?」

「いえ。この制度は、都会に出て行ってしまった次世代を呼び戻す為の物だったのですが、応じた人がいなかったのが失敗でした。ですから大屋さんのご提案は、まさにその点を補う物でした」

「行政補助がつくなら、費用的にもやり易そうですね」

「他にも、高齢で農業を廃業する方から中古機器を譲って頂けますし、費用はかなり節減出来ます」

「住まいはどうです? アパートを増築する必要があるでしょうか?」


 今のアパートは四十室だ。村での就農を決めた人が住み続けた場合、新たな人の受け入れにも支障が出てしまう。


「あそこは従来の用途のまま、新たにDVから逃げてくる人達のシェルターにしたいのです。就農して下さる方には、村にたくさんある空き家を借りて住んで頂けば済みます。一件につき五、六人でシェアすれば、だいぶ安くあがりますよ」


 空き家の増加も社会問題となって久しいが、過疎の村ではそれが顕著な様だ。ある物を利用出来るなら、それに超した事はない。

 大体の骨子がまとまった処で、僕は紹介してくれる筈の、住まいの件を切り出した。


「ところで、僕に紹介したい物件って、ここですよね?」

「はい」

「ここ、尾根井さんの家では?」

「一人暮らしだと、維持するのが大変なんです。家事とか分担して頂ければ、お家賃は結構ですので」

「そういう事でしたか……」


 考えて見れば、彼女は三十半ばで、僕とは一回り歳が離れている。恐らく、僕を異性としては見ていないのだろう。

 先の話では、一人暮らしが良ければ他に空き家もある筈だ。だが、彼女はこれから一蓮托生のビジネスパートナーとなる訳で、機嫌を損ねたくもない。

 こうして僕は尾根井さんの申し入れを受け、同居生活が始まった。



 企画書を作り、二人で村役場に話を持って行くと、村長自らが応対してくれた。それだけ、村は存亡の危機に立たされていたという事である。

 村で生まれたとはいえ、実質的によそ者の僕一人では難しかっただろうが、地元の弁護士である尾根井さんが一緒だと話が早い。

 農地は水田主体だが、日本は米余り状態で、さして利益が出ない。しかし転作するにもノウハウが必要だ。

 そこで僕が提案したのが、日本酒の醸造に使う〝酒米〟の栽培である。元々、僕は酒造業界の人間なので、そちらの業界にツテがあるのを活かせる。加えて現在では海外でも日本酒の醸造が盛んになりつつあり、本場である日本の酒米は輸出品としても有望視されていた。

 また刈り入れ後には、裏作で小麦も手がけたい。これも麦焼酎の原料として酒造業者に供給出来る。

 アパートの現住人や、離婚が成立して退去した内で連絡がつく人に打診してみると、就農の希望者は半分程度だった。

 希望者の過半数は農業経験者で、初期指導も随分と楽になりそうである。農村の嫁不足から、業者から外国人女性の斡旋を受けるケースは、令和になっても健在という事情がある様だ。

 かつてはフィリピンが主体だったが、今ではスリランカ、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア等のアジアの仏教国、そしてロシアや東欧も対象となっている。結果、うちのアパートに身を寄せる人達も、国際色豊かな状態だ。

 ともあれ、嫁ぎ先で農業に従事していた彼女達のスキルは、こちらとしても非常にありがたい。

 準備万端の状態で、尾根井さんを理事長、僕を副理事長として農業法人の申請・登記を行い、DV被害女性の人生立て直しを兼ねた営農事業がスタートした。



 事業その物は、割合と順調に推移していった。外国出身のDV被害者女性は途切れる事なくアパートに入居し、離婚成立後も約半数が新たに従業員として加わってくる。

 それに従い耕地面積も広げていった。耕作放棄地はまだまだ多く、もっと買い上げて営農を再開して欲しいと村から催促されているのだ。

 ただ従業員達からは、漠然とした不安や要望も聞かれる様になり始めた。

 今はいいが、自分達もいずれは歳を取る。今度こそ家庭を築きたいが、この村には既婚者の老人ばかりで相手がいないというのである。

 対応として、カップルの誕生を期待して、男性従業員を導入してはどうかという話になった。僕個人としても、いつまでも黒一点では肩身が狭いので賛成だ。

 だが、衣食住には不自由しないが、うちの農業法人は決して賃金が高いとは言えない。加えて、最寄りの街へは高速道路で一時間という僻地だ。

 住居や職を切実に必要としていて、かつDVの心配が少ない若者。そんな都合のいい存在がどこにいるのかと、僕達は頭を悩ませた。

 まずあがった案は農業高校への求人だが、ヤンキー率が高いと反対する従業員が多かった。不良生徒ばかりではない筈だが、悪い点はどうしても目立つ。何より彼女達は暴力に敏感なので、この案は却下された。

 次に出た案は、児童養護施設からの募集だ。孤児や、児童虐待等で親と暮らせない子供が生活する施設だが、高校を卒業すると退所して自活しなくてはならない。

 頼る物もなく一人での自立を強いられる訳で、施設側も退所後の落ち着き先には苦労しているのが実情という。

 従業員達も身につまされる物があった様で、男性従業員募集はこの案を軸に進められる事になった。

 まず、高三の夏休みを期間として、農作業のインターン研修を募った。卒業までに身の振り方を決めねばならないというプレッシャーからか、予想外に応募は多く、書類選考の時点で倍率は三倍という好調ぶりだった。

 研修中に指導として接する従業員達が、彼等の適性や人格を評価し、及第点と判定した者を期間終了後にスカウトするのだが、従業員達の眼鏡にかなう少年には一定の傾向があった。

 指示は着実にこなすが内気で、率先してリーダーシップをとろうとする者は皆無。身長は高すぎず低すぎず、一六〇から一七五センチ程度である。

 彼女達は新たな伴侶候補を迎え入れるにあたり、自分側が主導権、今風に言えばマウントを取る事を最重視していた。

 よって、自分が積極的に前に出るタイプは、一般的には高評価なのだが、彼女達は敬遠する。加えて高身長も、見下ろされる事になるので心理的に宜しくない。

 要は〝尻に敷き易い草食系の年下男子〟が、彼女達のお好みという訳だ。

 彼女達の要望は僕も聞かされていたが、年齢差が一抹の不安だった。何しろ現在の従業員達の年齢は、二十五歳から四十二歳である。



 翌年の四月頭。

 どうなる事かと思いながら高校を卒業した少年達を迎えたのだが、新人歓迎会の間にカップルがあれよあれよと誕生して行き、少年達は次々と、目を付けていた従業員にお持ち帰りされていった。

 あぶれた従業員達は、会場に残るビールやワインをヤケ酒の様に煽っていた。彼女達に聞いた処では、少年達はいずれも、家庭に恵まれなかったトラウマから歳上の女性に母性を求める、言わば〝愛飢男あいうえお〟だったのだそうだ。


「副理事長、今年も募集しますよね? 今度こそ!」


 獲物を狩り損ねた肉食女子達に迫られ、僕は首をコクコクと縦に振るばかりだった。



 翌朝、僕は朝食の場で尾根井さんに尋ねてみた。


「もしかして〝愛飢男あいうえお〟とかいう男性従業員の選定基準、尾根井さんがみんなに吹き込んだんですか?」

「ええ。DV防止には、女性の方が一回り歳上の方が良いというのが私の持論ですけど。男性の側がそういう気性でないと、難しいと思うのですよね」


 僕の予想通りだった。尾根井さんは、DVが起こりにくい男女の組み合わせを考えた上でこの結論に達したのだろう。無論、世の中には逆DVもあるので、その点への配慮がなさそうなのは気になるのだが。


「まあ、みんな幸せそうですから、いいですけどね」

「……私は幸せじゃないですよ?」


 尾根井さんは唐突に、箸を僕に向けてきた。顔もむくれている。


「え?」

「唯一のミスは、何年経っても、大屋さんが私に手を出そうとしないままという事です。草食男子に積極性は期待出来ない事を忘れていたのが、私の不覚でした」

「い、いえ。いい関係を壊したくなくて……」


 全く考えなかった訳ではない。だが、共同経営者の関係をぶち壊しにするリスクを負ってまで尾根井さんに迫る事は、度胸のない僕には出来なかった。

 そもそも彼女が同居を誘ってきたのは、僕を男性として見ていないからだと思い込んでいたのである。


「でしたら、今日からお風呂と寝室は一緒にしましょうか。私の方がお姉さんですから、いくらでも甘えて下さいね、翔太さん」

「は、はい」


 尾根井さんの本性もまた、従業員達と同じく肉食女子で、僕は獲物だった様だ。

 だが、これも一つの決着だ。男として肩肘を張る事なく、歳上の女性に甘え、尽くすのも幸せの形だろう……と思う。

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