友達想いで意地っ張りな幼馴染

久野真一

友達想いで意地っ張りな幼馴染

 ただ広くて物がほとんどない真っ白な病院の個室。

 僕と幸音ゆきねは苦しそうにベッドに横たわる母さんを痛ましい表情で見下ろしていた。


たけし幸音ゆきねちゃんもそんな顔しないでよ」


 辛そうな顔に精いっぱいの笑みをうかべて言う母さん。

 本名冬賀長世とうがながよ。長く世の中を生きて欲しいという願いを込めてつけられた名前だと以前に聞いたことがある。実に皮肉な名前だけど。

 母さんはまだ40歳を迎えたばかりで、余命いくばくもない身だった。

 病名はスキルス胃がん。胃がんの中でも特別進行が早くて、見つかった時には手の打ちようがない状態だった。


「……」

「……」


 母さんの言葉に僕も幸音も何もいうことができない。

 医師によると余命はあと一か月あるかないかというところだとか。

 きっと治るよなんて言えないし、最期まで生きようなんてもっと言えない。


「正直ね。私はまだ40歳。もっともっと生きたかったのよね」


 押し黙った僕たちを見て何かを言わないと、と思ったんだろうか。


「それはそうだよ」

「ウチもそう思います」


 何か言わないと。そう思うけど月並みな言葉しか出てこない。


「もう。そんな暗い顔しないで。私も正直、神様がいるなら呪い殺したいくらいだけど、それでもどうしようもないことだもの。だから、せめていつも通りに接して欲しいの」


 そう。誰が悪いわけでもなくて、ただどうしようもないこと。


「そうだね。ごめん。母さん」

「だから謝られると私も困っちゃうんだって」


 母さんが困るのもわかるけどだからといって急に心の整理が出来る問題でもない。


「仕方ないわね。幸音ちゃん」


 隣で僕の手を黙って握っている幸音に母さんが声をかける。

 

「はい。長世さん」

「こんなこと頼むのは気が引けちゃうんだけど。私が死んだらこの子をお願い。永久とわさんにも言ってあるけど、うちの旦那は仕事で手一杯だからこの子の世話まで手が回らないだろうし」

「ええ。タケちゃんはウチがきちんと面倒を見ますから」


 そんなお姉さん風を吹かせた言葉に普段なら皮肉の一つも言っていただろう。

 ただ、今はそんなことを言える雰囲気じゃない。


「色々ごめんねたけし。あなたが大学生になるまでは生きたかったけど」

「仕方ないよ。気に病まないで」


 昔から身体が弱かった母さんはだからこそとても優しくて。

 ちょっと痛ましかった。


「幸音ちゃん。もしよければこの子のお嫁さんになってあげて」


 精一杯のジョークだったんだろう。

 このシチュエーションで言われるとあまりにも笑えないんだけど。


「タケちゃん次第やね。もっといい男になったらその時は」

「頼りないままだったら遠慮なく振ってやってね」

「なんで僕が幸音のこと好きな前提なのさ」


 実のところ図星だったけど認めたくなくてあえてあまのじゃくな言葉をはさむ。


「健も本当素直じゃないんだから。やっぱり、幸音ちゃん。この子のことお願いね」

「ウチもかーさんも頑張りますから。だから安心してください」


 幸音も僕も、母さんも泣き出しそうだった。

 出来の悪いドラマじゃあるまいし。

 なんて思いつつ僕も泣くのを必死で我慢していた。

 今泣いてしまったら駄目だと思ったから。


◇◇◇◇


「またあの時の夢か……」


 肌寒さを感じて起きると直前の夢が思い出される。

 その夢は実際にあったことで、母さんはその半月後に亡くなった。

 だから今の我が家は父さんと僕の二人暮らし。

 父さんも朝から晩まで仕事だから、身の回りのことは一人でする癖がついていた。


「落ち込んでも仕方ない。支度しないと」


 洗面所で顔を洗って歯を磨いて……としていると、ガチャリと鍵が開く音。

 と思ったらトントンと軽い足音を立ててこちらに向かって歩いてくる。


「おはよう、幸音」


 特殊な家庭事情もあって、幸音と幸音のお母さん……永久さんは僕の家の合鍵を持っている。だからこうやって朝にチャイムすら鳴らさずに入って来るのも日常茶飯事だ。


「なんか眠そうな顔しとるね。寝不足?」

「ふわぁ。いや、ちょっと夢見が悪くて」

「そっか。ご飯の支度しとくな」

「いや。もうすぐ僕も高二だし一人でやるって」


 こんな押し問答も何回目だろうか。


「そんなこと言って、ほっといたらシリアルに牛乳だけとか手抜きやるやろ?」

「ちゃんと栄養バランスは考えてるって。最近のシリアルは栄養価も豊富だし」

「そういう食事は栄養補給すればええみたいな考え方があかんのよ」

「わかった。好きにしてよ」


 こうして幸音が意地でも僕の世話を焼きたがるのは、母さんとの約束を意識してのことだろう。義理を重んじる幸音だからこそあの言葉を重くとらえているのだとわかる。


「♪♪♪~~~」


 気が付いたら鼻歌を歌いながら何やらスクランブルエッグと味噌汁、トーストを並行して作っている様子がうかがえる。味噌汁だけ「和」だけどそこは幸音の趣味だ。


 食卓について待つこと十数分。


「はい。お待ちどうさん」

「いただきます」

「いただきます」


 目の前の綺麗でそれでお節介焼きな親友に感謝して口をつける。


「うん。美味しい」


 元々幸音は料理がかなり出来る方だった。

 それも病気がちな永久さんを支えるために身に着けたものだけど。

 にしても、今日はやけにお味噌汁が美味しい。


「そやろ?ちょっといつもと違う出汁使ったんよ」

「幸音、どんどん料理スキルあげてくよね。将来は料理人やったら?」

「ウチはそういうのは向いとらんって。ほめ過ぎやって」

「幸音こそ謙遜し過ぎな気がするんだけどね」


 夢見こそ悪かったけどこうして食卓を共にしていると、少しずつ心が穏やかになっていく。それも、彼女がずっと側にいてくれたからだろうか。


「ところでさ。永久さんの体調は?」


 現在、永久さんは体調不良で入院中。

 幸音によると命に別状はないもののしばらくの休養が必要、らしい。

 ただ、僕はその説明に納得していなかった。

 だって。


「大丈夫よ。昨日もお見舞い行って来たけど、元気そうやったよ」


 なんでもないように振舞う幸音だけど、表情にいつもより暗い影が落ちているのを見逃す僕じゃない。


「ねえ。永久さんの病状って本当にちょっとした疲労なの?」


 永久さんが入院してからもう二週間。少し長すぎやしないだろうか。


「タケちゃんが心配するのもわかるけど、大丈夫やって。それより準備せんと」

「あ、ああ」


 強引に流されてしまった。

 とはいえ、あの様子だと強引に聞ける雰囲気じゃない。

 何よりいくら冬泉家ふゆいずみけのお世話になっているとはいえ僕らは家族じゃない。あくまで母さんからの願いもあって面倒を見てくれているだけのご近所さん。


 でも……やっぱり水臭いんじゃない?そう思ってしまう。

 母さんが亡くなった後に強引に僕の世話を焼いて来た癖に。

 こちらから助けようとしても弱みをみせたがらない。

 それが幸音という女の子だった。


◇◇◇◇


 ただ、異変はその後も続いた。

 登校の時に世間話をしていても、ふとした拍子にぼーっとしているのだ。


「幸音。聞こえてる?」

「あ、ああ。ごめん。ちょい考え事しとった。で、何の話?」

「いや。もうすぐバレンタインだねって」

「ふーん。タケちゃんはウチのチョコが欲しいとな?」

「そんなこと言ってないってば」

「素直に言ってみい。義理やけどちゃんと作ったるから」

「……」


 こうして強引に軌道修正を図るときは何か大きな隠し事をしてる時だ。

 誤魔化すのが下手なくせに無理をするから丸わかりなんだけど。


 授業中も幸音の異変は続いた。

 らしくもなく頻繁にスマホをちらちらと見ているのだ。

 優等生が服を着て歩いている幸音らしくもない。

 しかも、難しい顔をしているから遊んでるのでもないんだろう。


「ねえねえ、健君」


 隣の席の、幸音と仲の良い女子がひそひそ声で。


「幸音ちゃん。なんか様子が変じゃない?」

「朝からずっとこんな感じ。何かあると思うんだけどね」

「水臭いよね。相談してくれてもいいのに」

「それ、僕もよく言いたくなる」


 人には大盤振る舞いといっていいくらい優しさを振りまく癖に自分の弱みには友人でも、そして僕にすら関わらせてくれない。本当にもどかしい。


 そんな落ち着かない一日を過ごして、幸音と一緒にマンションの部屋の前まで来たときだった。


「永久さん、心臓移植なんですってね」

「大丈夫かしら」

「成功しても拒絶反応とかあるらしいわよ」


 階下の奥様方の井戸端会議が聞こえて来てしまった。

 そういうことか。何が体調不良だよ。


「なあ。話があるんだけど、後で幸音んとこお邪魔していい?」

「何の?」

「決まってるだろ。永久さんの体調不良の件だよ」


 もどかしいを通り越して怒りたくなっていた。

 詳しくは知らないけど心臓移植が必要なんてよっぽどの病気だろう。

 なんでせめて僕にくらいは弱音を吐いてくれないんだ。


◇◇◇◇


「はい、お茶」


 冬泉家のリビングにて。

 そつのない仕草で紅茶を出す幸音はさすがにいいとこのお嬢様だ。

 ま、それを言うと僕もいいとこのお坊ちゃんなのかもだけど。


「それでさ。さっきの心臓移植の件。僕に何かいうことあるんじゃないの?」


 自然と声に苛立ちが混じってしまう。

 今辛いのは幸音なのに、落ち着け。


「それは…ごめんな。タケちゃんは長世さんのことあるから。もし言うたらウチ以上に心痛めてしまうんやないかと思って……」


 幸音も隠していた罪悪感はあったのだろう。

 俯いて、すまなそうにぽつりぽつりと語りだした。


 病名は心臓弁膜症しんぞうべんまくしょうというらしい。

 息切れ、胸の痛みなどが激しくて念のためと検査を受けたら発覚したとか。

 しかも、重度なものなので心臓移植を強く勧められているとも。


「詳しくないんだけど。心臓移植ってドナーを見つけるのが難しいんじゃないの?」

「うん。でも、めっちゃ良いタイミングでドナーが見つかってな」

「リスク込みでも、受ける方が可能性があると」

「そういうこと。かーさんもすっかり参っとるんよね」

「……」

「ごめんな。こんな風に弱音吐いてしまって。こういう時こそウチがしっかりせんといかんのに」


 違う。幸音は勘違いをしている。


「ねえ。幸音は勘違いしてるよ」

「勘違い?どういうことや?」

「幸音さ。これまで僕に悩み事を相談したこと、どれくらいある?」


 これはいい機会だ、そう思った。

 お節介で、でも弱さを見せてくれない彼女に踏み込むための。


「それは……ほとんどないけど。ウチの愚痴に付き合わせるのは違うやろ」

「ねえ。それ、本気で言ってる?」


 怒りが抑えられなくなっていた。


「ほ、ほんきって。ちょ、ケンちゃん落ち着いて」


 僕がきっと彼女に憤怒の表情を見せたのは初めてだ。

 だから、怯えているのはわかるけど構うもんか。


「ねえ。母さんが亡くなったときに強引に僕の懐に踏み込んで来たのはどこの誰だったかな?」


 女の子にこんなことをするなんて、と思うけど。

 でも、あの時の意趣返しだ。胸倉をつかんで、


「ウチにだけは打ち明けて欲しいって言ったのは幸音だっただろ!」


 瞬間、あの時のことを思い出す。


◆◆◆◆数年前◆◆◆◆


 母さんが亡くなってお葬式をして、その他色々をして、少し落ち着いた頃だった。

 その頃、僕も父さんもすっかり神経が参ってしまっていた。

 お葬式の時は悲しみに暮れる暇もなかったけど、それが終わったとたんに色々押し寄せて来たのだった。


 ただ、それでも日常に戻ったのだから学校を休むわけにいかない。

 そんな僕の辛い様子を見ていた幸音はことあるごとに、


「なあ、辛いこと少しくらい吐き出さなあかんよ」

「大丈夫。しんどいのは本当だけど、そのうちなんとかなるから」


 特に母さんから僕のことを託された幸音相手だから、ひとたび何か漏らせば僕以上に気にするんじゃっていう気持ちもあった。


 ともあれ、幸音の心遣いを遠回しに拒絶するという日々を送っていたある日のこと。


「なあ、ケンちゃん。ええ加減にせえよ?」


 ある日の朝、突然キレた幸音が僕の胸倉を掴んで壁に押し付けて来たのだった。


「ちょ、ちょっと待って。なんで突然キレてるの?」


 僕はといえば恐慌状態。


「なんでって……ケンちゃん、ウチらの関係はそんなもんやったの?」

「そんなもんって言われても」

「長世さんが亡くなって。ウチやって辛いのに。ケンちゃんが辛くないわけないやろ!なんで無理やり平気なフリするん?」

「だって。一度弱音吐いたらそのままポッキリ折れてしまいそうだし」

「それやったら。せめて。せめてウチにくらい漏らしてくれてええやろ。なあ、もう一度聞くよ。ウチとケンちゃんの間柄はそんなもんやったの?」


 胸倉を掴みながら幸音は泣いていた。

 その表情を見て「ああ、僕はかえって心配をかけていたんだな」ってそれを実感したのだった。それから、時折、母さんのことを思い出して辛いということを幸音にだけは打ち明けるようになって、幸音も母さんへの想いを語って。

 そうしている内にいつしか立ち直ることができたのだった。


◇◇◇◇現在◇◇◇◇


「そ、それは言ったけど。ケンちゃんのことであって、ウチのことは別やろ」


 この頑固者め。本当にいい加減にしろよ。


「なあ。あの時の言葉・・・・・・、そっくりそのまま返すよ。幸音にとって僕はそのくらいの存在だったの?永久さんが辛いときに、相談出来ないくらいの、そんな軽い関係だったの?」


 ずっと言いたかった。

 僕には優しくするくせに親身になろうとすると拒絶する自分勝手な相手に。


「そうやったな。本当にごめんな。ウチが何も言えんせいでケンちゃんのこと傷つけてしまって……」


 そう言って幸音はわんわんと泣き出してしまった。

 これには僕も大慌て。


「いや。怒ったのは本当だけど。そこで泣かれると逆に困るというか……」


 どう対応すればいいのやら僕も大混乱。


「言うてもケンちゃん。ウチのことめっちゃ怒っとるんやろ?」


 らしくもなく怯えた様子の幸音。


「ええと。怒ってるっていうか……ええと。幸音のこと好きだからさ。友達としても女の子としても。だから何も言ってくれないのが嫌だったんだよ」


 ムードもへったくれもない。ただ、これしかないとも思った。


「す、好き?ケンちゃんがウチのことを?」


 何故か目を白黒とさせていた。


「文句ある?母さんが亡くなる前も後も色々してくれたおかげでこちとらずっと片想いを続けてたんだけど?」


 怒りながら言う台詞でもないだろう、と内心で自嘲しながら言う。


「それやったら。ウチやって、長世さんが亡くなる前からケンちゃんの事好きやったんやけど?」


 予想してない答えだった。


「ええ?君は母さんから僕の事を託されたから色々してくれてたんだと……」


 それ以外あそこまでしてくれた理由が思いつかない。


「長世さんのお見舞いにウチが付き添ってた理由。考えた事あるの?」

「そりゃ。母さんと仲良かったし、色々縁があったでしょ」

「それはもちろんやけど。ケンちゃんが好きやったから。心配やったんよ?」


 もうお互い怒ってるのやら悲しんでいるのやら。

 泣きながら想いをぶつけ合いまくりだった。


「つまり、ずっと前から幸音は僕のことが好きで」

「ケンちゃんはウチのことがずっと前から好きやったと」


 たどりついたのはそんな平凡な結末。


「ねえ。こんな雰囲気で言うことじゃないとは思うんだけど」

「なんや?」

「永久さんの手術がうまく行ったらさ……ちゃんと付き合わない?」


 さすがに今この場でだから付き合いましょうという雰囲気じゃない。

 だから、永久さんの状態が落ち着いたら。

 そんな提案だ。


「もし、かーさんの手術がうまく行かんかったら?」

「それは……その時も。ともかく、今は永久さんのこともあるし、付き合うとかいう雰囲気じゃないだろ」

「そやね。はあ……出来ればもう少しロマンチックな雰囲気で告白したかったわ」

「それはこっちの台詞」


 こうして、お互いへの想いを告げ合った僕たち。

 喧嘩腰でムードも何もあったもんじゃないけど。


◇◇◇◇数か月後◇◇◇◇

 

 永久さんの手術が終わって数か月が経った。

 幸い、手術は成功に終わり心配されていた拒絶反応も起きず。

 まだ様子を見る必要はあるけど、もうすぐ退院できるそうだ。


「これでよーやくひと段落やね」


 今は桜の季節。

 通学路の桜並木を歩きながら僕は幸音と永久さんの病状について会話を交わしていた。


「僕もほっと一息だよ」

「かーさんは昔から何度も死にそうになるくせにしぶといんやから」


 そんな憎まれ口を叩いているのも永久さんのことが本気で好きだからだろう。

 永久さんと幸音は親子でもあって、友達みたいな関係でもあるから。


「もう。そんな憎まれ口叩いちゃって」

「ウチの気持ちはわかっとるやろ?」


 じろりと見据えられる。


「素直に心配だったって言えばいいでしょ」

「ウチの家にはウチの家の流儀があるもんで」


 あれから、僕相手には弱音を吐いてくれるようになったけど相変わらずの頑固者だ。ま、そういうのも彼女らしいからいいんだけど。


「ところでさ、保留になってた件。どうする?」

「正式に恋人に……っていうアレ?」

「もう色々落ち着いたわけだしさ。というわけでどう?」

「0点」


 てっきりYesの返事が返って来るとばかり思っていた。

 しかし、返って来たのは冷たい視線と駄目だし。


「ええ?まさかあの時から心変わりしたとか?」


 そんな結末は本気で勘弁して欲しい。


「そういうわけやなくて。ウチも女子なんやで?」

「うん?わかってるつもりだけど」

「こ、恋人になりましょういうのに、「どう?」とかないわ」

「それを言われると……ご、ごめん」


 確かにお互い想いを告げ合ったのだから適当でいいや。

 そんな投げやりな気持ちがあったのは否定できない。


「ちゃんとした告白してくれへんとウチは恋人にならんから」


 頬を膨らませて拗ねたご様子。

 こんな顔を見たのは小学校以来だっただろうか。

 少し懐かしい。


「んーと。わかった。少し待ってね……」


 幸音とのこれまでの色々を思い出す。

 ご近所さんとしてよく二人で遊んだこと。

 マンションに引っ越して来たばかりで心細かった僕と仲良くしてくれたこと。

 母さんがしんどい時に側にいてくれたこと。

 母さんが亡くなった時に、強引に辛いことを吐き出させてくれたこと。

 

「ずっと好きだった。幸音は本当に優しくて。僕のことだけじゃなくて、母さんのことも、クラスの友達のことも。妙に頑固者なところは玉に瑕だけど。大好きだ」


 お互い、母親の身体が弱い者同士、ついでに言うと母親が過保護なところまで共通していた僕たちは不思議と気が合った。


「そ、その。ありがとさん。ウチも……ずっと、ケンちゃんのこと好きやったよ。ケンちゃんは弱音を吐いてくれないって怒ってくれたけど。きっと、他の誰でも言ってくれへんかったやろうし」


 顔を赤くしながらも真っ直ぐな告白。

 そのままぶつかり合う者同士、そんなところも似ているのかもしれない。


「なんていうかさ。お互い重いよね。僕たちさ」

「確信があるんやけどな。きっと、ウチら別れるとかならへんと思うよ」

「ああ、それ同感。別れようとしたらそれこそ胸倉掴んでそう」

「それはこっちの台詞やっつうの」


 こうして、ちょっと特殊な境遇である僕たちは家族に近い友達から恋人同士になったのだった。


「でも……長世さんの言う通りになるとはなあ」

「そういえば。あの時は、いい男になったらとか言ってたけど」

「そんなの照れ隠しに決まってるやろ。本当に鈍感なんやから」

「それを言ったら幸音だって鈍感だろ。僕の気持ちに気づかなかったんだから」


 お互い、キっとにらみ合ったかと思えば。


「アホらしいし、この辺にしとこっか」

「賛成。天国にいるかもしれない母さんも喜んでくれるといいんだけどね」

「長世さんやったら、しょーもないことしとるって苦笑いしてそうやけど」

「同感。じゃあ、これからはもう少し恋人らしく行こうか」

「恋人らしく?」

「こう……手を繋ぐとか」


 言いながらぎゅっと手を握ってみる。

 しかし、反応がない。


「ええと?」

「その。言いづらいんやけど……慣れてるから特に何も」

「ええ?恋人同士で手を繋ぐとか定番でしょ」

「それ言うたら、ケンちゃんも落ち着いとるやないの」

「そ、それは。僕らが恋人らしく出来る日は遠そうだね」

「今度、練習でもせえへん?」

「賛成」


 果てさて、僕たちが恋人らしい恋人になれる日が来るんだろうか。

 そんなしょーもないことを考えながら手を繋いで仲良く登校した僕たちだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

ちょっと特殊な境遇同士の二人の物語でした。

男女だけど、男同士ぽい友情もあるようなそんなお話を目指してみました。


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とっても嬉しいです。ではでは。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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