⑧晴天のルルイエ
天気のいい日は千葉からでもルルイエがよく見える。
丹沢は崩壊し、その大部分が崩れ去った。
丹沢に端を発したその地震は関東全域を襲い、高層ビルさえ倒壊させ、津波は埼玉まで届き、都市機能は壊滅した。それどころか、一部の山域すらその姿を変え、関東一体の地形は大きく変動する。
機能が停止した行政に変わり、街を復興したのはクトゥルーの眷属だった。
関東の都市は非ユークリッド幾何学的な手法を用いて再生されていく。まるで風邪の日に
人々はやがてそんな光景にも慣れ、クトゥルーとその眷属によって支配されることを受け入れ始める。
地上はかつて旧支配者と呼ばれていた彼らによって、再び支配されたのだ。
信介もそんな日々を享受し、日常を取り戻していた。大学に通い、山に登り、未開拓地を探し回る。いつもと変わらないそんな幸福で、何気ない日常が続いた。
房総の
そして、房総の奥にそびえる九頭龍山を望む。奇妙に存在感のある山だった。
違和感があった。
なぜ九頭龍山をそれと認識できるのだろうか。クトゥルーの洗脳により、見過ごしてしまう存在であったはずだ。その山容に強烈な印象を感じている。
そして、九頭龍山にも死海があり、クトゥルーの欠片が眠っているはずだった。それにも関わらず、ルルイエが浮上した今でもその悠然とした姿を残している。
「あの山も崩れているはずなんじゃないのか」
何かがおかしい。
信介はそのことに思いを至ると、自分の記憶を手繰っていく。
何かおかしい点はないか。どこから自分の記憶は疑わしいんだ。
そして、ハタと気づく。
あの忌々しい丹沢行、邪神と怪物たちが集う狂気の宴のようだったあの山行から帰ってきた記憶がなかった。
ショゴスから逃れ、緑色のブロックの奇怪な共鳴を聞き、登山道に戻る。記憶はそこまでだ。
いや、その時にクトゥルーのテレパシーがあった。そのことをはっきりと思い出す。
「あぁぉぉおおぉぉぉぉぉおおっ!!」
信介は雄叫びを上げた。周囲のすべてが霧散していくような感覚があり、信介は暗闇の中にフワフワと佇んでいるような感覚を得る。
夢の中にいるんだ。そう自覚した。
ならば、目を覚まさなければ。そう強く思うが、覚醒はしない。
突如、頭の中で笑い声が響いた。
――如何なる魔術も、如何なる邪神の力も借りず、我がテレパシーを破るとは面白い生物だ。
頭の中で言葉が響く。だが、それは言語ではなかった。人間の扱う理路整然とした言葉の羅列ではなく、名状しがたい言葉のような何かである。
得体の知れない感覚でありながら、それでもその言葉の意味することはなぜか理解できた。
信介は慄然とする。言葉の主がクトゥルーそのものであると実感したのだ。
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