⑤ショゴスVS信介

 ショゴスの動きが速い。人間の走るスピードではとても振り切れるものではない。

 人間の武器は知恵と勇気だ。それならば、何か逃げ切る方法を考えなくては。


 信介はポケットの中をまさぐる。行動食であるチョコレートが入っていた。

 これに気を取られないだろうか。

 ショゴスから少し離れた場所にチョコレートを投げつける。ショゴスは確かに反応した。しかし、身体の一部分が伸びてチョコレートを呑み込み、そのまま追ってくる。

 気持ち程度、そのスピードが緩くなっただけだった。


「仕方ない、道を変えるぞ」


 そう言うと、実隆の腕を引っぱり、脇に入っていく。そこは森の中だった。

 いかに不定形の生物とはいえ、鬱蒼とした木々の中に入れば、その動きも限られるだろう。


 バキバキバキィッ


 ショゴスは信じられないほどの怪力で樹木をへし折り、それを飲み込み、消化しながら信介たちを追ってくる。だが、そのスピードはさすがに緩慢なものになっていた。


「このまま逃げ切れればいいが……」


 そうは言っても想定しない場所を通っている上に、もともと人間の通る道ではないのだ。信介たちも自在に歩き回ることはできない。


「そっち左に行けば、元のルートに戻れるかも」


 実隆が声をかける。

「そうだな」

 その言葉に頷くと、信介はルートを変更する。岩壁を登るような場所ではあったが、信介はすぐさま登り、視覚の不確かな実隆に手を差し延べた。彼が自分のところまで登り切ると、さらに上の岩壁に上り始める。


「えっ」


 登り始めて違和感があった。その岩壁は緑がかっている。見上げると、上に行くほど緑の色合いが濃くなっていた。

 こんな色の岩をどこかで見たような記憶がある。信介は奇妙なデジャヴを味わった。

 何かを感じる。信介の中にいる信介でない意識が、信介の細胞の中にいる白い蟲のような生物――ミシファイカイリーが騒いでいた。


「これは、あの夢の中の……」


 悪夢の中で見た海底都市――ルルイエの家で建材として使用されていた緑色の石と同じものだったのだ。

 信介の思惑とミシファイカイリーの意思が一致する。


 ――こっちに行ってはいけない。


 信介は登りかけた岩壁をズサッと降りる。周囲を見渡しつつも、実隆に声をかけた。


「駄目だ。別の道を探そう」


 ショゴスは周辺の樹木を飲み込みつつ、信介たちの元に今にも迫らんとしている。ショゴスの進行方向の逆へ逃れるルートはない。

「止むを得ん」

 信介はさらに登ってきた岩壁を降りると、ショゴスを斜めに避けるようなルートを取ることにする。

 実隆が降りてくると、その手を取って、また駆けだした。


 そのことに気づいたショゴスはさらに樹木をバキバキとへし折りながらも、彼らを追ってくる。

 そのスピードは速いとは言い切れなかったが、信介たちも道を探り、危険を避けながらの逃走だ。どうにか距離は保ててはいるものの、いつ追いつかれるかはわからない。


 どうにか逃げ切れる確率の高い道を探さなくては。

 焦る信介の中で、再度別の意識が呼びかけてくる。安全な、歩きやすい道が見えてくるようだった。信介は踏みしめる地面が固いことに感動しつつ、先を急ぐ。


 しかし、そこにあったのは緑色の壁であった。先ほどの岩壁にあったものよりも、より完全な形状のものである。

 信介は思わず立ち止まる。ショゴスが間近に迫りつつあった。


 だが、ビビビという電子音とともに、突如、ショゴスの動きが止まる。


 何が起きたんだ?

 目まぐるしく変わる事態に驚きつつ、信介は周囲を見渡す。彼の目に入ってきたのは、ずんぐりむっくりとした人影だった。

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