第四章 饗宴
①予知夢
泰彦が消えた。
信介は大慌てで崖を降りていく。しかし、地面に辿り着いても、泰彦の姿はなく、それどころか荷物や足跡すら見つけることができなかった。
まさか、本人がぶつくさ言っていたイタカが現れ、連れ去っていったとでもいうのだろうか。
「そんなバカなことあるか」
そう口にするが、もはや一般的な常識の通じる場所にいないことは信介自身がよくわかっている。
それならば、どうするべきか。当然、泰彦の行方を探すしかない。だが、手掛かりなんてな……。いや、ある。
信介は思い出していた。
丹沢に来てからというもの、悪夢の再現ともいうべき、怪異に相次いで遭遇している。
異常気象、
あれは予知夢だったのだろうか。
夢の中で風に連れ去られていた記憶も確かにあった。泰彦がイタカと呼んでいた現象だろう。
自分はどこに飛ばされていただろうか。信介は思い出そうとする。木でできた階段の上だった。ひたすら続く階段。さらにあの景色は……。
しかし、ひたすら続く階段なんて丹沢では珍しくはない。今の記憶で場所を特定することは難しかった。ただ、実隆の意見を求めれば、また別だろう。
実隆は片目でありながらもスムーズに崖から降りてきた。とはいえ、それゆえに疲労が重いようにも見える。
「こんな場所に覚えはないか」
信介が尋ねると、実隆はすぐにピンと来たようだ。信介にいくつか質問すると場所を特定した。
「それは丹沢山近くの尾根だな。お前も昨日通ったよ。さすがに、細かい場所は覚えてないか」
彼の言葉で目的地が定まる。丹沢の登山コースをたびたび登っている実隆に対し、ほとんど通ったことのない信介とで知識に差があった。
信介と実隆は気合を入れて、新たな目的地に向かい始める。
しかし、泰彦が散々ぼやいていたことであるが、霧が深く、周囲を見通すことができない。
こうなっては、信介も得意の地図読みで地形を窺うことは難しい。できることは、晴れていた際に確認した地形を思い出し、その地形を参考に歩いていくことだけである。
「それでも、先へ行くしかないんだ」
信介と実隆は霧の先に広がる地形を想像で補いつつ、一歩一歩を着実に歩んでいった。
だが、霧に加え、新たな自然の驚異が二人を襲う。地面が振動する。地震だ。
いや、樹木が倒れ、枝や葉が舞い散る音が聞こえてくる。単なる地震とは状況が違った。
立ち止まり、様子を窺う信介はその頭上に奇妙なものを見る。霧の中の朧げな視覚だったが、その存在感ではっきりとわかる。
かつて、影しか見えなかった象人間――チャウグナー=フォーンだった。
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