⑦パーティ結成

 信介の急な発言に実隆はキョトンとする。

 泰彦は「あちゃあ」とでも言いたげに、困ったような、呆れたような表情をしていた。


「何がおかしいんだい?」


 実隆が問う。信介は脊髄反射的に答える。


「泰彦は夢の話をしていない! なぜそれを隠すんだ!?

 実隆を騙そうとしているだろ」


 信介は言葉の整理もつかないまま、立て続けに言葉を放った。

 実隆はキョトンとしたままだ。


「泰彦? ああ、泰玄さんの本名なのかな。

 夢って? お前の将来の夢か?」


 実隆はどうにか理解しようとしているようだが、夢と言われただけでは雲を掴むようなもので、さっぱり話が呑み込めない。


「違う! 丹沢に関する悪夢を何人もの人が見ているという話だ。怪物や邪神が出てくる気味の悪い夢の話だよ!」


 激昂する信介だが、実隆はますます話について来れない。泰彦は苦笑いしながら話に割って入った。

 怪異に関する予備知識のない実隆に悪夢の話をしても、話がこじれるだけだとわかっていたようだ。


「うん、その話は信介にしたんだよ。うちの寺に悪夢に関する相談がいくつかあって、そういう人たちの心の安寧のためにも、丹沢の未踏地での参拝をすることになったんだ。

 信介も悪夢に悩んでるみたいだったから、この話をしたんだけど、実隆には話す必要ないかなって」


 泰彦の言葉に実隆は納得したような表情をする。ただ、いつの間にか呼び捨てされたことには、ムッとしたように表情を変えた。

 だが、腑に落ちないこともある。実隆は信介に問いかけた。


「お前は何にそんなに怒っていたんだ? 夢の話以外に何かあるのか?」


 信介も少し落ち着いていた。言葉を選びながら、返事をする。


「俺にもわかりやすく説明することはできそうにない。ただ、これだけはわかってくれ。今回の山行は危険なものになる。お前は参加するな」


 実隆は信介の言葉を真摯な表情で受け止める。

 そして、呟くように言葉を返した。


「そうか、危険なのか。だけど、お前は行くんだろ?」


「ああ」


「じゃあ、俺も行くよ」


 事もなげにそう答えた実隆に、信介は再び激昂する。


「おい! 俺の話を聞いてなかったのか!」


 実隆はその怒りを制止させるようなジェスチャーを取る。

 そして、滔々と言い聞かせた。


「危険な山行に直情的なお前だけだと不安だろ。俺が引き際を見極めてやるよ」


 これには信介もこれ以上の口を挟めなくなる。

 こうして、信介、泰彦、実隆の三人の丹沢行が決定したのであった。山岳隊パーティが結成された。


 山岳部の部室から出ると、実隆はそのままついて来た。見送りのつもりなのだろうか。そのまま部室棟を抜けようとするが、トイレの前で立ち止まる。


「俺はここまでだ。次は丹沢で、かな」


「なんだ、便所に行くつもりだったのか」


「ああ。さっきから腹が痛くてね」


 こうして実隆と別れた。

 信介は先行きに不安なものを感じていた。

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