⑥説得
実隆の言葉に信介は黙った。
いろいろと言いたいことや信介自身の思惑もあるのだが、部に出ていないことは事実だ。山岳部の部室内においては実隆が正論なのである。
何と答えるべきか、言葉に詰まっていた。
そんな信介の様子を見て、実隆はくすりと笑う。
「なっ、お前だって言われたくないことがあるだろ。
だったら、タバコくらいのことでゴチャゴチャ言うのはやめてくれ。俺だって、そんなことは言いたくないんだ」
どうやら実隆には信介を責めるつもりはないらしい。ただ、信介のタバコに対する言動を止めたかったようだ。
それとこれとは違うだろう。信介はそう思うが、実隆の持っているカードの方が強い。これに関しては沈黙するほかなかった。
「それで、今日は何の用? ああ、客を連れて来てくれたのか」
実隆が泰彦の存在に気づく。泰彦のお坊さん然とした姿に動じていなかった。
ただ、吸い途中だったタバコは灰皿に押し付けて火を消していた。
「君が八咫上君かい? 連絡していた
そう、泰彦は部室の奥に入り込んでいく。どうやら煙たげな室内に入り込むのを躊躇していたようだ。
「ああ、泰玄さん。丹沢への案内って話でしたよね。でも、もしかして、信介も同行ですか。そうなると、単なる登山ってわけじゃないってことですか?」
普段、山岳部に信介が寄り付かないのは決まった登山道を歩くことを嫌っているからだ。信介は地図読みの技術と地形を見分ける洞察力を駆使して、登山道ではない場所を歩くことを好んでいる。それに、人に対する好き嫌いも強く、頑固な面もあるため、付き合うには難しい人間だ。
わざわざ信介に案内を頼むということは、彼の能力を頼みにしているということの証左である。つまり、人の踏み入らない未開拓地を進むつもりがあるのだろう。
どうやら、実隆は泰彦の意図に、ある程度は感づいているようだった。
それがわかっているのか、泰彦はニコニコと破顔した表情を崩さずに答える。
「そうなんだ。実は登山コースから外れた場所にある祠を尋ねたくてね。そういう未踏地に長けた信介にも声かけたんだけど、二人パーティだと不安があるでしょ。だから、八咫上君にも参加してもらえると助かると思ったんだ。
ここの山岳部で最も技術が高いのは君だよね。ちょっとしたアルバイト感覚で参加してもらえると助かるんだが」
実隆はその神経質そうな視線で泰彦を観察していたようだが、少し思案して、答える。
「まあ、いいんじゃないでしょうか。俺でよければ、力になりますよ」
だが、信介はこのやりとりに違和感を持っていた。
いや、そんなものがないとしても口を挟むつもりがあった。
信介は二人の間に入って、野太い声を上げる。
「待て。この話はおかしい。実隆、お前は参加するのをやめろ」
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