④邪神の復活

「あんたがミスカトニック大学の卒業生だって!? 本当かよ」


 信介は思わず大きな声を出すほど、驚いていた。

 改めて泰彦を眺めるが、どうにも間の抜けた雰囲気の男にしか見えない。しばしば見識を感じさせるものがあるとはいえ、科学の最後の砦ともいわれるミスカトニック大学で学んでいた姿は想像もできなかった。


「なんか思い切り見くびられてるな……。まあ、いいか。

 そんなわけで、ミスカトニック大学で世話になった教授に相談したんだ。そうしたら、調査する時は信介に案内してもらえっていうんだよね。山岳調査のエキスパートだからってさ」


 またその話になるのか。

 信介はうんざりしていた。何度否定すればいいのか、わからなくなる。


「だから、俺は……」


 言いかけた信介の言葉を泰彦が止める。


「謙遜せんでいいよ。神話生物に遭遇して、崩壊しかけたパーティを連れて、ほとんど無傷で帰ってきたのは事実でしょ。そのくらいは調べてあるよ」


 その言葉は間違いとは言い切れないものだった。

 だが、それでも違和感はある。


「崩壊って……」


 一瞬、言葉が出かけたがやめた。あの時、同行した調査隊がどうなったのか。それはとても一言で表していいものではない。


「確かに、俺もおかしいと思う部分はあるよ。君は未踏地を求めて山岳地帯を歩くのが趣味なんだろ。その能力を買われて山岳調査に同行したんだ。

 だから、山岳どうこうはともかくとして、調査は専門家どころか素人なんじゃないか。だというのに、ミスカトニック大学からは山岳調査の専門家と呼ばれている。どうもおかしいんだよな」


 それを聞いた信介は、少し拍子抜けした気分になりながらも、同時に腹立たしさが湧いてくる。それをわかっているのに、わざわざ自分を持ち上げるような物言いをしたというのか。

 信介はムスッとしていたが、泰彦はその様子を眺めつつ、そのまま言葉を続ける。


「それで思うんだよ。ミスカトニック大学の――たぶん、教授より上の人たちは、君が丹沢に行けば、何かが起こると思っているんだろう。

 どうだろう、一緒に行ってはもらえないかな?

 君が嫌がっているのはわかるよ。でも、気にならないか?」


 泰彦の言葉に信介は黙る。

 確かに気になることは多い。連日のように見る悪夢が何を示しているのか。ミスカトニック大学は自分に何をさせたいのか。そして、丹沢の深みに何があるのか。

 それは同時に恐ろしいことが待ち受けているということでもあるだろう。房総の奥地で遭遇した忌まわしいシィヤピィェン、それに悍ましいクトゥルーの呼び声……。二度と出くわしたくないと思っていた怪物たちと鉢合わせるかもしれない。


「言わせてもらうが、その山行は危険なものになると思うぞ」


 信介は脅すような口調を出したが、泰彦はニコニコとした表情を崩さない。それでいて、その目の奥で信介の一挙手一投足を鋭く観察しているようにも見える。


「君は何を恐れているんだい? もしかして、邪神の復活か?」


 泰彦の言葉は不可解だった。

 一体、何を言っているというんだ。邪神の復活だと?

 あまりにも突拍子がなく、意味がわからない。


「あんた、頭大丈夫なのか?」


 信介のストレートな物言いに、さすがの泰彦もショックを受けたような表情をする。


「なんてこと言うんだよ。まあ、順を追って説明しないと、そういう反応になるのかな」


 そう口にして、泰彦は自分を落ち着かせているようだった。


「信介、君はさ、房総でクトゥルーの声を聞いたんだろ。さっきも話したけど、100年前に夢で人々に呼びかけた邪神、あれもクトゥルーなんだ。

 そして、今、多くの人々が邪悪な神々の夢を見ている。果たして、これは偶然なんだろうか。

 やはり、今回もクトゥルーの復活が絡んでいるとは考えられないか」


 泰彦の熱弁だが、信介にはバカバカしいものにしか思えない。


「そんなのは突飛な妄想にしか思えないな」

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