③ミスカトニック大学への相談

 泰彦やすひこの瞳の奥に鋭いものを感じた信介はドキリとするが、しかし、すぐにそんな気配は消えた。


「まあ、うちは丹沢にある寺だし、うちに相談してるってことは丹沢だって、すぐわかるよね」


 泰彦は得心するように言葉に出した。


「そういうわけなんでね、丹沢を調査することになったんだけどさ。

 雨降寺の僧侶の中でも俺が一番下っ端で、一番若いってことで、この調査は俺がやることになったのよ」


 彼の笑顔が少しだけ苦々しいものに変わる。

 そして、カバンの中から地図を出して、広げた。


「相談者から山道の様子や景色を聞いてね、ある程度、場所に当たりを付けてはみたんだよ。

 そうだ、参考までに聞きたいんだが、信介の見た夢だとどの辺りだったんだ?」


 その言葉に信介は記憶を思い返す。あの夢の場所はどこだったのか、それは頭の中で何度も反芻し、場所の見当は付けていた。

 信介は地図の地点を指し示しながら答える。


「そうだな……。あれは蛭ヶ岳ひるがたけから丹沢山たんざわさんへ進む尾根だったかな。それに、山容で考えると、蛭ヶ岳と大石山の間、この辺りも……」


 そう言いつつ、いくつかの地点を示していく。

 それに対し、泰彦はニコニコとした笑顔をより破顔させた。


「やっぱ、信介も夢を見ていたんだな」


 そう言って満面の笑みを浮かべるが、それを見た信介は面白くない。

 思わず、声を荒げた。


「はあ!? 鎌でも掛けたつもりなのか?

 別に隠してることなんかじゃねえんだから、訊かれたら答えるつもりだったよ。

 そんな罠に嵌めるみたいな質問の仕方をして、面白いのか!」


 信介の剣幕に泰彦は慌てた。脅えるような表情を隠せないままに、どうにか信介を宥めようとする。


「ごめんごめん。君を嵌めるつもりなんてないよ。

 ただ、いろいろ腑に落ちないことがあったんで、正直な反応が見たかったんだ。

 不快にさせてしまって、すまない」


 そう言って素直に頭を下げる。

 怒りが収まったわけではないが、謝った相手にそれ以上とやかく言うつもりはない。信介も矛を収めて、話を続けるよう促した。


「実は――ということでもないんだが、大勢が同じ夢を見るということが引っ掛かったんだ。

 君は知っているかな、100年近く前に似たような事件があった。多くの感受性の強い人々が夢を見て、邪神の復活を予見していたんだ。邪神の復活自体は避けられたが、それは事態を少しばかり遅らせただけだとも言われている。

 今回のケースは、規模は小さいのかもしれないが、似ているように思えてね。そこで相談したんだ、ミスカトニック大学に」


 ミスカトニック大学の名前が出た。信介はその名前から嫌な予感を抱く。

 とはいえ、最初からミスカトニック大学を経由しての呼び出しなのだ。あの大学が関係していることはわかっていたことだった。

 しかし、信介にも疑問がある。


「泰彦、あんたはミスカトニック大学のなんなんだ? そんな気軽に相談できる場所じゃないだろ」


 この質問に泰彦は一瞬キョトンとした。

 そして、申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「あぁー、そうか。すまんすまん。言ってなかったなあ。

 俺は今年ミスカトニック大学を卒業したばかりなんだ。だから、少しは顔が利くんだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る