第132話「お好み焼き」
人生百年を生きたとしても、その百年が三万六千日しかない。だから、一日にせめて三百杯の酒は飲むがよろしい。これは古代中国の酒豪の言葉だ。しかし、三百杯の酒を飲んだところで、ぼくたちの人生などたかが知れている。それに、ぼくたちは、この世に生を受けてから、まだ二十年そこそこしか経っていないのだ。これからも、まだまだ生きてゆく。それなのに、そんなに飲んでどうする? と、いうわけで、ぼくたち三人は、それぞれ自分のコップを持ってきていた。もっとも、ぼくはジュースだが……。
ぼくたちが会話をしているうちに、料理が運ばれてきた。それは、お好み焼きなのだが、ぼくには、それがとてもうまそうに見える。
そして、ぼくは食べはじめた。本当においしい。これなら、何枚でも食べられるぞ! と、ぼくは思った。するといきなり、頭の中に声が響いてきたのだ。
「あーら、お上手な召し上がり方ね」
えっ!? だれの声だろう?と、ぼくは思った。しかし、まわりを見まわしても、誰もいない。ただ、みんなが、こちらを見て笑っているだけだ。
ぼくが不思議そうな顔をしていると、
「あら、ごめんなさい。わたしよ」
また、あの女の声だった。ぼくは思わず立ち上がってしまった。
「うふふ……どうしたの? 急に立ち上がって……びっくりしちゃったわ」
女の声は、たしかに聞こえてくるのだが、どこからも姿が見えなかった。
「あら、あなた……もしかして、わたしの姿を見たことがないのかしら」
またしても、心の中で声がした。そうだ。ぼくはまだ、こいつの姿を一度も見ていないのだ。いったい、どこにいるというのだろうか?
「まあまあ、いいじゃないの。それよりも、ほら、あなたのテーブルにある料理を取ってあげるわ」
とたんに、目の前にあった料理が消えてしまったのだ。そして、皿の上には、きれいに盛り付けられた料理があった。その光景を見て、ぼくは思わずあっけに取られてしまった。
そんなことを、繰り返しながら、ぼくは食事をつづけた。そのうちに、だんだん腹がふくれてきて、もう食べられないという感じになった。ところが……。
今度は、頭がぼんやりとしてきて、眠くなってきたのだ。おまけに、体が宙に浮かんでいるような感覚になる。そして、そのまま眠り込んでしまいそうになった時だった。
突然、目が覚めた。あれほど、ぼくを苦しめていた睡魔が嘘のようになくなっていたのだ。まわりを見ると、みんなの顔にも、いつもの表情が現れていた。みんな、キョトンとした顔をして、お互いの顔を見つめ合っていた。
どうやら、みんな夢を見ていたらしい。それにしても、不思議な体験だった。
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