第131話「有明月」
桜の花の木も緑色に霞んでいる庭のあたりに、まだら模様に白く有明月が照っている。縁側に出て、その光を眺めながら、信子は、ふと、自分の心の中を見透かされたような気がした。
(あの人は……)
今頃は、どこにいるだろうと思いながら、信子は何気なく空を見上げた。
「もう寝るわよ! 何時だと思っているの?」
いつだったか、夫の徹の声が耳に残っている。今日のような夜の明け方近く、目を覚まして、徹の姿がないことを知った時の衝撃が胸に迫ってくる。
(どこに行ったのかしら?)
いつものことだが、その度に信子は、夫という存在の大きさを思い知らされるような気がするのだ。もう寝よう。そう思いながらも、また空を見た。そして、 あれっ?と思った。星々の間に何か動くものがある。目を凝らすと、それは確かに動いていて、やがて消えたUFOだわ! 信子の胸に、その言葉が浮かんで来た。UFOなどというものが存在するかどうか知らないが、それを見てからでは、もう眠れない。布団にもぐりこむ代わりに、そっと部屋を出た。廊下を渡って玄関に出る。サンダルを履いて外に出ると、庭先にある電灯の下に出た。庭木や花壇には雪がまだ残っている。それが月明りに青く見えた。見上げる夜空に、大きな月が輝いている。そしてUFOらしきものは見えない。信子はホッとした。その時、
「パアアーッ」
どこかでクラクションが鳴る音がした。
(あら? こんな時間に……)
車でも通ったのだろうかと思って、音の方に目を向けた。すると、門の外に白い車が止まっていた。車のドアが開いて、男が一人降りて来た。男は門の中に入ると、こちらに向かって歩いて来る。男の顔がはっきり見えて、
(ああっ!)
信子は息を呑んだ。そこに立っているのは、まさしく、今しがたまで想い続けていた人ではないか。思わず駆け寄った。
しかし、声をかける間もなく、徹はその前を通り過ぎて行く。そして、そのまま、ゆっくりと庭の方へ歩み去った。
(今のは夢かしら……)
いや、そんなはずはない。間違いなく、今ここにいた人が徹なのだ。それにしても、なぜ徹がここに来たのだろう? その答えはすぐにわかった。
(ああ、そうだわ!)
さっきのクラクションの音を思い出す。あれは、徹が鳴らしたものに違いない。ということは、徹はこの家の中に用があるのだ。きっとそうだ。信子は急いで家の中に入った。居間の時計を見ると午前2時半である。まだ起きていた家族たちに声をかけてから二階に上がった。自分の部屋の前まで来て立ち止まる。ドアを開ける前に深呼吸をして心を静めた。ドアに手をかけて開ける。暗い中に敷かれた2組の布団が見える。窓際のテーブルの上にスタンドが置かれていて、明かりが点いていた。2つの布団の間には枕が二2つ並んでいる。その1つには徹が横になっていた。
(やっぱり!)
信子は嬉しさに頬が熱くなった。徹はまだ起きているらしい。しかし、どうしてこの部屋に来てくれたのかわからない。信子は黙ってベッドに入り、毛布をかけた。
布団の中でじっとしていると、徹が声をかけてきた。
「眠らないのか?」
「うん」
信子は小さくうなずきながら答える。徹が言った。
「じゃ、俺も寝ようかな……」
徹の言葉を聞いて、信子がパッと笑顔になった。
「あのね、私、見たのよ!」
「何を?」
徹が聞き返す。信子は、さっきUFOを見た話をした。
「そうか、それで目が覚めてしまったのか」
徹が言う。信子はこっくりとうなずく。
「それはね、本当にUFOだったんだよ」
徹が笑いを含んだ声で話し始めた。
「あれは、お前が寝ている間に、この家にやって来たんだ。俺は偶然それを見ていたんだ。だから、こうして訪ねて来たわけだよ」
「あなたはいったい……?」
「俺の正体は、すぐにわかると思うけどね。ただ、ちょっと面倒なことがあって、今は本当の姿を現せないんだ。だけど、もうすぐその問題も解決するから、心配しないで待っていてくれ」
徹の話を聞きながら、信子は次第に胸が高鳴ってくるのを覚えた。
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