第127話「つれづれなるままに」

手持ちぶさたなのにまかせて、一日中硯に向かって、心に(浮かんだり消えたりして)うつっていくつまらないことを、とりとめもなく書きつけると、妙に正気を失った気分になる。とは徒然草の言葉だ。その日は朝から雨だった。私はぼんやりとして、部屋の中にいるのが退屈なので、庭に出てあの桜の木の下に腰をおろした。木の下までくると、私はいつも同じことを考えてしまう。

(どうしてこんなにも、この桜の花は美しいのかしら……)

それは私が女だからかもしれないし、私のような身分の女でも、こうして花見が出来るようにという配慮なのかもしれなかった。ともかく私は、いつものようにそう思ったのだ。そして、ふと顔を上げると、そこに人が立っていた。その人は黒い服を着ていた。まるで喪服みたいに黒かった。長い髪も真っ黒で、頭の上に大きなリボンをつけている。年齢は二十歳くらいだろうか。背が高く、ほっそりとした体つきをしていた。

(お葬式に行った帰りなのかしら?)

私の心に浮かんだのはそのことだった。彼女は傘を差していない。それで濡れてしまっている。きっと寒いだろうと思ったけれど、どうすることも出来ない。すると彼女が言った。

「あなたには、見えますか?」

私は一瞬何を言われたのか分からず、ぽかんとしていた。しかし、すぐにそれが、自分の心の中を見透かされたような気がしたので、少しどぎまぎした。その時になって初めて私は彼女の顔をまともに見た。どこか淋しげな感じの顔をしている。目は青く澄んでいた。その目を見た時、私は何故かどきりとしてしまった。彼女は続けた。

「今、あなたの目の前にあるものは、本当に存在しているものでしょうか? それともただの幻に過ぎないのでしょうか?」

私は怖くなって家の中に入った。

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