第117話「ぼんやりとした月」

あたりの空はすっかり更けて静かになり、桜の花の上にはただぼんやりとした月が、独りぽっかりと浮かんでいる。私はしばらくそのままの姿勢でいた。そしてふいに、何とも言えない淋しさに襲われた。それは淋しいというよりむしろ切ないと言った方が当っているかも知れない。

あの日以来、私はずっとこの部屋にいるのだ。今年の正月も、お盆も、クリスマスさえもここで過ごした。そのこと自体には何の不満もない。でもこうして一人でいると、時々、何か大事なものをなくしたような気がする時がある。多分、そんな気持ちを人は寂しさと呼ぶのだろう。私は小さく息をつくと、また窓辺に立った。もうすぐ春が来ると言うのに、今日は一段と冷えるようだ。今夜は特に風が強いらしい。

私はカーテンを閉める前にもう一度外を見た。庭木が大きく揺れている。その枝には薄桃色をした花びらが、まだ残っている雪のようにちらほらと見えた。だが、それも間もなく散ってしまうに違いない。そう言えば去年も同じことを思った記憶があった。あれから一年経つんだなあ……。私はそっとカーテンを閉じた。

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