第112話「偉大なる素人」
「小さな組織はワンマン経営でもいいとして、大組織の良いリーダーの条件とは、『偉大なる素人』であることだよ。自分は素人だと認め、専門家に任せるということだ」
「うーん、『ザ・グレート・アマチュアリズム』みたいですねぇ。しかし、神輿になれというふうにとらえられかねませんかね?」
「そこでさらに必要となるのが『ブリーフィング能力』だよ。検討すべき問題のいろいろな側面を専門家からコンパクトにレクチャーしてもらい、それを元にリーダーが判断を下す。専門的な話は苦手だと言って、そこから逃げていたのでは駄目だし、また専門家の意見に押しまくられてもいけない。ブリーフィングで得た情報はあくまでも判断材料の一つでしかない。いろいろな情報を統合して、大局的な判断を下すということだ」
「うーんなるほどぉ……」
数々の組織を渡り歩いてきた人だけあって納得のいく話がたくさん聞けた。すぐ会社に戻って記事としてまとめる作業に入った。
「あぁそうだ、ひとつだけ聞いておきたいことがあるんだけどね」
編集長が不意に言った。
「なんですか? まだ何かありますか?」
「君、この仕事が終わったらどうするんだい?」
「えっ……?」
突然聞かれて僕は戸惑った。そんなことは考えたこともなかったからだ。
「君は今まで、いろんなところで仕事をしてきたわけだろう? そしてその中で多くの人と出会い、その人たちと様々な経験を積み重ねてきたはずだ。これから先、君はどんな人生を歩むつもりなんだい?」
「それは……」
僕は言葉を失った。確かに、僕にはたくさんの思い出がある。しかしそれらはあまりにも多く、数え切れないほどの経験を積んできてしまった。もう、自分の人生のどの部分を振り返っても、それが本当に自分なのかわからないくらいだった。
「まあ、今すぐに答えろってことじゃないよ。ただ、今の君を見てると、何にも考えてないように見えるんだよな。だからちょっと心配になってさ」
「そうですね……」
僕は少し考え込んだ。そして、ふと思いついて言った。
「もし、僕が今後、フリーライターとして生きていこうと思っているとしたら、どういう職業になるんですかね?」
「うーん……」
編集長は腕組みをしてしばらく考えていた。
「まあ、君のこれまでの経歴を考えると、広告代理店とかマスコミ関係かな。そういうところに就職して、営業マンになったり記者になったりするかもしれない。あるいはフリーの編集者やライターとしてやってく可能性もあるけど……。でも、いずれにしても、一つの会社にずっといることはないんじゃないかな」
「やっぱり、そうなりますよね」
「もちろん、君自身がそうしたいと思えばだけどね。ただ、今はとにかく目の前の仕事に集中してくれればいいよ」
「はい」
僕は素直に返事をした。
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