第98話「相次ぐ親の死」
妹にその話をしたら、彼女は黙って泣き続けた。俺は妹の頭を撫でながら一緒に泣いた。今年に入ってすぐ、父が亡くなった。父は癌だった。末期ガンというやつで、痛みも苦しみもなく逝った。
父の葬式の後、妹が言った。
「今までお世話になりました。私は一人で生きて行きます」
俺はびっくりしたが、何も言わずにうなずき、ただ一言「がんばれよ」と言った。俺はこれから何をしよう? 俺にはもう何もない。俺の人生ってなんだったんだろう。
母が死んだ。突然のことだった。母は朝早く出勤していったが、昼になっても帰ってこないので心配していたら、 夕方電話があった。「病院に来てください」と。慌てて駆けつけると、病室のベッドの上で、すでに冷たくなっていた。享年六十二歳。死因は心不全。葬儀を終え、火葬場に向かう車の中で、義父がぽつりと言った。
「お前に苦労ばかりかけてすまなかった」
俺は何も答えられなかった。母の死を悼む間もなく、相続税の支払いのために、俺と弟は連日走り回ることになった。相続税は生前贈与分も含めて、約三千万かかった。銀行で手続きをしている間、弟の顔を見ると、目に隈ができていた。こんな大変な思いをしながら、俺は本当に幸せ者だと思う。俺はずっと母に感謝してきた。それは親孝行などという言葉では表せないほどの感謝だ。だから、俺は母の葬式で泣くことができなかった。しかし、母の四十九日を終えた夜、俺は初めて人前で涙を流した。自分のために泣いてくれる人が居ることを嬉しく思ったからだ。
母の死後、義父と二人で暮らすことになった。母は遺言書を残していて、遺産はすべて俺に遺してくれた。母の遺品を整理している時に見つけた一冊の日記帳を、俺は今も大切に持っている。そこには、母が毎日何を考えていたのかが書かれていた。母が死んでから、俺は日記を読み返すことが多くなった。すると、母の言葉一つ一つに胸を打たれるのだ。例えば、「昨日の晩ご飯は何だった?」と聞かれれば、俺はいつもこう答える。「カレーライスだよ」「肉じゃが」だとか「すき焼き」だとか。でも母はそう聞いてきたことはない。いつも同じ質問をしてくる。俺にとってそれが普通になっていた。
母が亡くなってから、俺の日常は大きく変わった。今まで当たり前のように思っていたことが、すべて特別なことだったと思い知らされた。俺は今でも、母がいない生活に慣れることができないでいる。そして、ふと思うことがある。もし、もう一度母に会うことができたなら、俺は何を話すだろう……。
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