第94話「教え子」
「親鸞は弟子一人ももたずそうろう」とは言うが、私は教職である以上「教え子などおらん」とも言えない。それに私は一年の半分を海外で過ごしているから、生徒の親や親戚に会えば挨拶しなければいけない。そういう時は、その生徒の話をよく聞くのだ。そして思う。私には、この子たちに何かしてあげられることがあるだろうかと。
この春、私が担任するクラスの中に、一人だけ女子がいる。彼女はとてもおとなしい。あまり自己主張しない。いつもうつむき加減で、自分の席に座っている。みんなが騒いでいる時でも、ひとりだけ違うことをしているようなところがある。友達がいないわけではないのだが、どこか孤立している。授業中もよく手を挙げて質問したりせず、ただ黙って座っているだけだ。そんなが夏休みになると旅行に行った。行き先は長野県上田市。真田幸村で有名な街だ。私は彼女に尋ねたことがある。どうして、そこに行きたいのかと。すると彼女は答えて言った。
――私はね、ここで育ったんだ。お父さんの仕事の関係で、生まれてすぐここに来たんだよ。
彼女は続けてこう話した。彼女が生まれた頃、父はまだ学生で信州に住んでいたというわけだ。
――上田の街は、小さい頃から遊びに来てるよ。
そう言って、彼女は微笑んだ。私はその時、何と答えていいか分からずに黙っていた。そして思った。この子は一体どういう気持ちで、こんな話をしてくれたのだろう……と。
しかし彼女は二学期が始まると、学校をやめてしまった。理由は分からない。突然のことだった。担任として何もできなかったことが悔やまれてならない。
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