第75話「潔癖」
音中という青年はエリート候補として国家公務員になったのだが度が過ぎる潔癖で妥協も許さぬ態度が嫌われ閑職に左遷され結局退職してしまった。公共の利益のために働くのであるからつまらぬものに耽溺する暇などないとも言っていた。だが、この男の言うことは正しい。私も若い頃はそう思っていたし、今でも時々思い出すことがある。
私は大卒で警察官となった。警察官とて所詮人間だ。怠惰な者、酒好きな者もいる。それでも職務には忠実であり、また責任感もあった。私はこの仕事を天職だと思っている。
そんな私が、この春、一人の男に出会った。名前は大道寺圭吾。年齢は二十六歳だという。大道寺は警察官としては珍しいほどに真面目な男だった。勤務時間内は勿論のこと、休憩時間や非番でも熱心に書類整理をしていた。そのせいか仕事ぶりが評価され、彼は警部補に昇進することになったのだ。
しかし昇進したとはいえ、彼に対する風当たりはまだ強かった。彼の上司に当たる警部が彼を煙たがっているからだ。警部は部下を怒鳴りつけることで知られていた。そんな上司の下で働くのだから、彼が真面目になるのも当然だろう。
ある日のことだった。休日に大道寺の飲みに行っていると、音中がいた。音中は私を見つけるなり、声をかけてきた。
「お久し振りです」
音中とは一年くらい前に一度会ったきりだ。それ以来連絡を取り合ったことはなかった。音中のほうは時折メールを送ってきていたらしいが、私は無視していた。
「元気にしてた?」
「えぇまぁ……」
音中は苦笑いを浮かべる。それから気まずそうな顔になって、
「あの、今ちょっと困ってることがあって……」
と言った。
「何だい? 話してみろよ」
私は促したが、音中は躊躇った。音中がこんなふうに言い淀むなんて珍しいことだった。いつもはっきり物事を言う奴なのだ。
「実は……大道寺さんのことなんですけどね……」
「俺のこと?」
「はい……。僕、大道寺さんのことがずっと好きだったんですよ」
いきなり何を言っているのかと思った。
「いや~、俺は男は好きになれないんだよね」
大道寺はやんわりと断った。
それから音中とは音信不通になった。
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