第65話「機関木人」

「私たちは『あやつり人形』のようなもので、肉体はあり、動きはするけれども、霊魂のようなものはない、すなわち『無我』である」

「はぁ……」

「だから、『無我の境地』というのは、仏教のいうところの『悟りの境地』ではない。そんな境地は、人間には到達できないものだからね。ただ、人間の意識が及ばないような、超越的な力が働いていることはたしかだ。それを『神の力』というんだろう?」

「そうですねぇ」

「その力の働きを科学の力で説明することはできないだろう?

『無我の境地』なんてものは、科学的には存在しないわけだよ」

「うーん……」

「だけど、そういうものの存在を信じる人がいる。つまり、神仏を信じている人たちだね。彼らは、科学では解明できないことを、神や仏のお導きだとか奇跡とか言って納得しているわけだ」

「なるほど……それで『神の力』なんですね」

「そうだよ。そして、そういう信仰を持つ人たちにとっては、この世は天国なんだ。逆に言えば、無神論者は地獄に行くってことになるな。どうだい、なかなか面白い話だろう?」

「…………」

確かに興味深い話ではあるけれど、今の私にとって、

「なんか、ちょっと難しいですよ」

という感想しか出てこなかった。

「まあ、そうかもしれないけど、考え方としては面白いじゃないか」

と、先生は言った。

「でも、やっぱり私は信じないと思います。死んだら終わりだし」

「そりゃ、そうだ。死後の世界なんて、誰も証明したことがないんだし」

「でしょう? もしあったとしても、それは『無我の境地』と同じようなものだと思うんです」

「ふむ……。じゃあ、君は何を信じているんだい?」

「えっ?」

「君は何を信じて生きているのかと思ってね」

「私ですか?」

「うん」

「私は……特に何も信じていません」

「ほう」

「別に宗教を否定するつもりはないんですよ。ただ、自分の信念として何かを信じたり、それにすがったりするのは嫌だというだけです」

「なるほどね」

先生は少し考え込むように黙った後、

「まあ、君はそう言うと思ったけどね」

と言った。

「はぁ……」

「でも、これくらいにしておこう。ひとつ言っておくが、自分が死んだ後のことなんか知ったこっちゃないって人が権力者になったら困りものだね」

「あぁ、そうですね……」

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