第61話「文明の利器」
「文明の利器がふえてくると、世の中は明るくなるよりも、むしろ暗くなってくる。その結果が今だろう?」
教授が講義で熱弁をふるう。
「しかし、暗いからといって、何もしないわけにはいかない」
「そうですね。明るい未来のためにも、今ある問題を考えなければいけませんね」
学生達が熱心に耳を傾けている。
「それでは、明るい未来について考えようじゃないか」
教授は言った。
「明るい未来って何ですか?」
一人の生徒が尋ねた。
「そうだなあ……例えば、どんなことかな?」
教授は答えた。
「やはり、宇宙旅行の実現でしょう!」
別の生徒が答える。
「いや、それはちょっと違うんじゃないかな」
教授は首を横に振った。
「どうしてですか? 宇宙に行けば、いろんなものを見ることができますよ」
生徒達は口をそろえて言う。
「確かにそうなんだけど……」
教授は言い淀んだ。
「だったら、やっぱり宇宙に行くべきですよ!」
生徒の一人が興奮気味に叫ぶ。
「待ってくれ! 宇宙に行ってどうするんだ?」
教授が尋ねる。
「そりゃあ、いろいろ見たり聞いたりできますよ」
「でも、それだけじゃないだろう?」
「じゃあ、他に何があるんですか?」
生徒の一人が質問した。
「例えば、新しい星を発見したり、隕石を見つけたりするかもしれない」
教授は答えた。
「そんなの簡単じゃないですか。もっとすごい発見ができるかもしれませんよ」
「そうとは限らないぞ。宇宙というのは広大だからな。まだ誰も見たことのない星だってたくさんあるはずだ」
「でも、そういうのを見つけることができれば、歴史に残るような偉業になりますよね」
「確かにそうだが、その前に命を落としてしまう可能性が高い。それに、見つけても報告できるかどうかわからないしな」
「それでもいいんですよ。人類が発見した最初の星になったという事実だけで十分です」
「まぁ、それも一理あるが……。しかし、そもそもなぜ人は宇宙に行きたがるんだろうな?」
「それは、自分の知らない世界を知りたいと思うからですよ」
「そうか……。だが、地球という惑星に生まれた以上、地球以外の世界を知ろうとすることは間違っているんじゃないか?」
「そんなことはないと思いますけど……」
「いや、そうだよ。人間は地球の外に出るべきじゃないんだ。そんな欲望を持つからあんな事故が起こるんだ」
教授は吐き捨てるように言った。
「でも、先生も一度くらいは行ってみたいと思いませんか?」
「思わないね。絶対に行かないよ。行ったとしても、すぐ帰ってくるさ」
「どうしてですか? 行ってみたら意外と楽しいかもしれないですよ」
「楽しい? どこがだ?」
「例えば、未知の生物と出会うとか……」
「そんなもの、会っても面白くないだろう。僕は会いたくないね」
場に沈黙が流れる。講義の終了時刻になった。
「はい。今日はここまで。次回までにレポートを書いてくるように」
教授が言った。学生達が教室を出ていく。
一人残った教授がつぶやく。
「本当に面白いのは、人間自身なんだ……」
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