第59話「愚者一得」
愚かな人でも、時には的を射た考えや意見を出すこともあるということだ。
わが社の会議に出席した窓際社員のA田がこんなアイデアを出した。
「『社内恋愛禁止』って、どうでしょう」
A田は得意げに胸を張ると、「これなら絶対みんな納得しますよ!」と言い切った。
会議場には、いつものように重役たちがずらりと居並んでいる。彼らは一様に、何を言い出すのかといぶかしむような顔をしていた。
A田はさらに言葉を続けた。
「『社内恋愛禁止』というのはいかがでしょうか。そうすれば、会社で色恋沙汰が起きる心配もなくなりますし、仕事にも集中できると思います」
重役たちは互いに顔を見合わせた。やがて、ひとりがこう言った。
「まあ、悪くはない案だね。ただ、それだけでは弱いと思うんだが……」
すると、別の重役が言った。
「確かに、それだけだと、いまいち説得力に欠けるよねえ……。もう少し、何か付け加えたほうがいいんじゃないか?」
すると、またべつのひとりが言った。
「それじゃあ、『社内恋愛禁止』のほかに、もうひとつ条件を付け足すっていうのはどうかしら? たとえば、その相手が独身だった場合は交際を認めてもいいとか……」
「おおっ! それは名案だねえ」
重役たちは一斉にうなずいた。
「よし、それでいこう!」
こうして、A田のアイデアが採用されたわけだが、A田はこの会議で大きな功績をあげたことになる。なぜなら、彼は重役たちに気に入られて出世するから……ではない。
そもそも、この会議自体、A田が仕組んだものだったからだ。
つまり、A田は自分のアイデアが採用されるよう、事前に手を打っておいたのだ。そして、自分のアイデアが採用された後は、さりげなくその場を離れていった。会議室を出た後、彼はトイレに入り、個室に入った。そこで、スマートフォンを取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。
電話の相手は、彼の上司である部長だった。
「はい、お疲れさまです。はい、そうですか。うまくいきましたか。わかりました。それでは、これからそちらへ向かいます」
A田は通話を切ると、ニヤリと笑った。
それから三十分後――。
彼は会社の近くにあるファミリーレストランにいた。そこは、彼がよく利用する店だった。
そこへやってきたのは、部長だけではなかった。なんと、社長や専務までいっしょに来ていた。さらに、なぜか社長のご令嬢の姿もあった。
一同はテーブル席についた。そして、飲み物が来るなり、部長が口を開いた。
「君には期待しているんだよ」
「ありがとうございます」
「ところで、君には交際中の女性がいるそうだね」
「はい」
「君はその子とどうするつもりなんだ?」
「彼女も私を愛してくれていますし、私も彼女を愛しています。だから、結婚したいと思っています」
「ほう……」
部長は感心したようにつぶやくと、グラスを手に取り、ワインを一口飲んだ。
一方、社長のご令嬢は、「けっこん!?」と言って目を丸くしていた。
「わたしも結婚したい!」
彼女は勢い込んで言うと、身を乗り出した。しかし、彼女の父親は厳しい表情を浮かべていた。
「お前はまだ高校生だろう」
「だってぇ……」
「そんなことを言っているうちに、誰か他の男に持っていかれてしまうぞ」
「……」
彼女は黙ってうつむいた。
「あのぅ……」
遠慮がちに声をかけたのは、A田だった。
「もしよろしければ、私が彼女と結婚させていただいても構いませんが……」
「なにぃ?君には彼女がいるんだろう?」
「いえ、実は別れたんです」
「別れたぁ?」
部長の顔が曇る。
「あ、でも、まだ好きな気持ちに変わりはありませんけどね」
「ふうん……」
部長は腕組みして考え込んだ。やがて、
「まあ、そういうことなら仕方がないかな……」
「本当ですか?」
「ああ、ただし、ちゃんとした理由があるんなら別だけどね」
「もちろんですよ」
「よし、それじゃあ、今回のプロジェクトが終わったら、結婚したら?」
訳が分からなかった。
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