第57話「酒に酔って山の中に寝転ぶ」
酒に酔って山の中に寝転んでいると、天地があたかも自分を包んでくれる布団、あるいは枕のように感じられる。この感じはなかなかいいものである。そして、それが次第に強まっていけばいくほど、その心地よさは増すのである。
しかし、そんな気分も長くは続かない。そのうちに必ず、自分はどこにいるのかという不安感に襲われてくる。そして、自分が今いる場所をはっきりさせなければ気がすまなくなるのだ。つまり、自分はどこにいてもいいのだという安心感を得るまで、落ち着かなくなってしまうのである。これがいわゆる「居場所を失う」ということなのだ。
私は今、自分の部屋にいる。その居心地の良さからすると、今の私にとってここは間違いなく「私の居場所」なのであろう。だが、その居心地の良さにもやがて飽きが来る。そうなったらもうだめだ。次の瞬間には、ここが自分の「居場所ではない」という不安に襲われる。だからといって、また家を出て行くわけにもいかない。結局、再び居心地の悪さを感じることになるからである。
人間は、自分の居場所や自分らしさを失わないためにはどうすればよいのか? それを考えてみた時、「自分というものを自分で認めてやる」ことが必要なのではないかと思う。要するに、他人ではなく自分自身を認めてあげることだ。そうすれば、少なくとも「私はここにいるんだ!」という思いで不安に陥ることはないはずである。
最近よく耳にするのは、「自分の人生はつまらない」「生きている意味がない」という言葉である。この言葉を聞いて、私はいつも思うことがある。それは、「あなたは自分の人生をつまらないと思っているかもしれないけれど、他の人はあなたの人生のことを面白いと思ってくれているはずですよ」ということである。
新聞の人生相談にこんな話が載っていた。
「私の父は小さな印刷会社を経営していて、私が高校生の時に亡くなってしまったんですけどね。母は、父の遺した借金のために夜逃げしてしまって……。残されたのは、私と弟だけでした。私は高校を中退して働きました。でも、どんな仕事に就いても長続きしないんですよ。すぐに辞めてしまう。それで、今は派遣社員として働いています。派遣切りにあって失業中です。貯金なんて全然ないから、生活していくために毎日必死になってます。もう疲れた……」(女性・四十五歳)
私は、彼女の言葉を聞きながら、胸が痛くなった。私だって同じような経験をしたことがあるからだ。「生きることに疲れてしまった……」と弱音を吐きたくなっても仕方がないことだろうと思った。
だが、私は彼女にこう言ってやりたい。
「あなたがもし、父さんを亡くしたことで『私の人生はつまらなくなった』と考えているとしたら、それは全く違いますよ。なぜならば、あなたは今もちゃんと生きてるじゃないですか! あなたの人生は、これから先もずっと続いていくのですからね」
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