第51話「知識人」
「自分の好きなものを自分で探す。それしかないと思いますよ。私の場合は、子どもの頃からの積み重ねですけどね。小学校のとき、夏目漱石の愛読者だった。それで中学高校大学と、ずっと読んできたわけです。そういう経験を通して、初めて自分が本当に興味のあるものが何かっていうことが分かるんだと思う。それがなければ何をやったってダメだよ。本なんて、好きなように読んだらいいんであって、偉そうにこうしろなんて言っちゃいけない」
「はあ……」
「はあじゃなくて、『はい』っていうのがいちばんいいと思うね。『はあ』なんて返事するとね、みんな『ああそう』って言っちゃう。『はあ』はダメだよ」
「では、本について伺いますが、この本に書いてあったんですが……」
「うん? なんだい」
「『人間にとって本当の自由とは何か?』とありますが、どういうことでしょうか」
「あー、そんなこと書いたねえ」
「どういうことでしょうか?」
「いや、難しくないんだな。人間の自由というのは、結局、何かをやるということだと思うんですね。たとえば、ここにリンゴが一つあって食べるとする。そして、『うまい!』と言うとします。これは人間がやったことです。だけど、これをまた誰かにあげるとして、今度は『はい』と言って渡すことができるかどうか……。これが人間の自由というものの限界じゃないかと思うんです」
…………
はぁ~。
ため息をつく若手編集者A。人文科学のお偉いさんの訳の分からない話を聞いて本にする日々にうんざりしている。スマホを取り出す。
「今夜会わない?」
彼女とホテルに行く約束をする。知識人なら英語で海外に自分の意見を発信してみろってんだ!Aは心の中で毒づいた。
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