第45話「言葉で説明しようとした途端的外れだ」

「言葉で説明しようとした途端的外れだ」

元総理大臣が政治家人生を振り返って記者に言った。

「自分の考えを言葉で完全に伝えるなどできない」

元総理が思い出すものは苦々しいものばかりだった。言葉は万能ではない。思い通りにいかないことの方が多い。それでも、言葉を尽くして伝えようとする。元総理の脳裏に浮かぶのは、言葉では伝わらないからこそ必死になって伝えた記憶だった。

「それが、あの事件ですか?」

「そうだ。そして、私の力不足が原因だ」

元総理は言葉足らずで誤解を招きやすい人間だった。しかし、言葉で伝えることに全力を傾けた。だからこそ、多くの人間が耳を貸してくれた。

だが、そのせいで余計な敵まで作ってしまった。

ある与党議員が汚職疑惑をかけられたことがあった。野党からの追及を受ける中で、当時の与党幹事長が動いた。幹事長はマスコミを通じて、与党議員の潔白を訴えたのだ。ところが、幹事長の言葉は野党へのパフォーマンスと受け取られてしまった。結果として、幹事長の行為は党のイメージダウンを招いただけに終わった。

結局、その与党議員は不起訴処分となったものの、党内の風当たりが強くなり、議員も幹事長も次の選挙で落選した。内閣の支持率も低下し、総理を辞職した。

「私のせいで何人もの政治家の人生を変えてしまった」

元総理は自分の影響力の大きさを理解していた。だからこそ、言葉の重要性を誰よりも知っていた。それなのに、自分は言葉の不足によって多くの人を傷つけてきた。そのことをずっと後悔していた。

「だから、私は言葉を捨てることにした」

政治家引退後の元総理は隠居した。講演の依頼やマスコミの取材があれば応える程度のことをするだけだ。

「それで、本当によかったんですか? あんなに一生懸命お話しされていたじゃないですか?」

記者は質問を続ける。言葉を使わずに生きるというのはどういう感覚なのか知りたかったからだ。

「もともとは話すことはそんなに好きじゃなかったよ。政治家だからしてただけだよ。そんな仲良くない人と親しげに話したり、関心のないことについて関心がある風にしゃべっていたり。ストレスがたまる一方だった。今は快適だよ。健康診断の数値も良くなった。ただ、現役の政治家は言葉を大事にするべきだよ。上と下が以心伝心なんて現実にはできないからね」

「なるほど……。予定の時間が来たので今日はこの辺にします。ありがとうございました」

「おう」

マスコミが元総理の自宅を出る。今の政界についてはあまり情報を入れていない。今後どうなるだろうか政治家だったら自分の死後のことも考えろと先輩方に言われたが、どうもできそうにない。元総理は酒を取り出し一杯やった。

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