第32話「拓」

現代日本ディストピア習作

https://kakuyomu.jp/works/16816927860673719716


の前に書いたショートショートです。


男性アナウンサーが原稿を読み上げる。

「丸田総理が示した今年のテーマは、開拓の『拓』でした」

映像が流れる。

「新しい時代を拓く。新しい社会を切り拓いていく。今年の目標としての開拓の『拓』。これをテーマにしたいと思う」

続いて、総理の顔写真と経歴紹介の映像に切り替わる。

「今から二十数年前、日本は高度成長期にありました。道路整備によって輸送効率が上がり、経済成長率も上がりました。また、公害対策により環境問題がクローズアップされました。さらに、都市開発が進み、大都市への人口流入が続きます。そして、そのことが地方の過疎化という問題を引き起こします。こうして日本の国土は狭まり続け、ついには太平洋ベルト地帯と呼ばれる地域まで後退していきました。この国の将来を憂えた我々は、ある決断を下します。それが、『日本列島改造論』です」

画面が変わり、当時の映像が映る。

「当時の建設省大臣だった田中角栄氏が提唱し、その後、実現に向けて動き始めます。道路整備による物流効率化と公害対策の推進、地方の開発と活性化、過密化した都市の解消を目的とした都市環境の整備。これら三点を同時に進めることによって、この国を再び豊かな国にすることを目指したのです。しかし、これは簡単なことではありませんでした。なにしろ、国家プロジェクトとして進めることになったわけですからね。そのためには莫大な資金が必要となりました。そこで政府は国民の皆様に負担を求めなければなりませんでした。そうして生まれたのが、国民総生産の二パーセントに当たるお金を集めることができたわけです。これがいわゆる『列島改造景気』です」

再び画面に切り替わり、今度は現在の地方の街並みが表示される。

「この二十年間というもの、我が国の経済は停滞し続けていました。人口は減り続け、企業は海外へと進出しました。その結果、国内市場は縮小の一途をたどりました。一方、海外へ目を向けると、かつてないほどの好景気に突入しています。アジア諸国を中心に需要が伸び続け、輸出額は過去最高を記録しました。この流れを止めることはできません。もはや我が国経済はこの道を突き進むしかない状況なのです。とはいえ、このままではいけないことも事実です。それこそが、私が掲げたテーマである『拓』という文字の意味するところです。これからの時代は、これまでのやり方や考え方ではなく、新しい発想に基づく改革が必要なのです。つまり、フロンティア精神を持って取り組まなければならないということです」

総理のあいさつが終わり、会場内に拍手が起こった。映像が終わり男性アナウンサーが映る。

「次のニュースです……」

「あーっ!」

突然、女性アナウンサーの大きな声が響いてスタジオ内が静まり返った。

「ちょっと待ってください!今、臨時ニュースが入りました!現場に繋ぎます!」

中継画面のレポーターの女性が話し始めた。

「こちら、中継車の中よりお伝えしています。ただいま、丸田総理大臣とご一緒させていただいております。丸田総理は、さきほど発表されたばかりの政策について、次のような趣旨のことを述べられました。それは、これまでのような古い考えにとらわれず、新たな技術・手法を積極的に取り入れていこうというものであるとのことです。具体的には、例えばどのようなものが考えられますか?」

すると、丸田総理は穏やかな口調で答え始めた。

「うむ。たとえば、航空産業の分野においては、安全性の向上、燃料費削減のための省エネなどに取り組んでもらいたいと思っている。また、農業分野においては、品種改良によって収量の増加に努めてもらいたい。林業についても同様だ。資源については、可能な限りリサイクルを推進してもらいたい。このように、あらゆる分野で生産性向上を目指してもらいたいと考えている……」

中継が終わりスタジオ内のコメンテーターたちが口々に意見を述べ始める。

「素晴らしいことだと思いますよ。私たちとしても協力できることがあれば惜しみなく応援させていただきます」

「いやぁ、しかしですよ?この国はまだ豊かとは言い切れない状態でしょう。今のままでは、とてもそんな余裕はないと思うんですけどねぇ」

「まったくもってその通りですね。今のこの国に必要なものは、まず何よりも安心して暮らせる環境ではないでしょうか。その点、今回の政策では不安要素が取り除かれると期待できるでしょう」

「そもそも、この国はいつまでこんな状態が続くのかしらね。私としては、早く立ち直ってほしいわ」

「そうだよね。いつまでも沈んでばかりじゃダメだよ。明るい未来のために頑張ってほしいね」

「緊急ニュースです!」

男性アナウンサーが叫んだ。

「今度はなんだ?」

高齢の男性コメンテーターがつぶやく。

「たった今入った情報によりますと、本日午後五時四十五分ごろ、東京都調布市の中央自動車道上り線において、大型トラックが中央分離帯付近で爆発する事故が起こりました。この事故の前にテロリストを名乗る人物が犯行予告を出しており、警察当局はこれを関連付けて調査を進めています」

スタジオでは、女性キャスターが興奮気味にしゃべり出す。

「先ほどの放送でも少し触れていた高速道路におけるテロ行為ですが、これは大変な事態になりました。総理のおっしゃっていたことを実現させる前に、まず、国民の安全を確保しなければなりません。そのためには、まず何をすべきでしょうか?」

「とにかく、警備を強化することですかね。それから、万が一のことに備えて、すべてのインターチェンジに非常線を張るべきです」

「それとですねぇ、あと……」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

再び女性アナウンサーの叫び声が響き渡った。

「えっと……なんですか?」

男性アナウンサーが尋ねる。

「また、臨時ニュースです」

「まだあるのかい」

「はい。さきほど、政府は全国の都道府県庁に対し、全職員に拳銃の携帯を許可することを発表しました」

「な、なんてこった……」

「おいおい、勘弁してくれよぉ。それこそ、国民を守れるかどうかわからないじゃないか。私は反対しますぞ。断固、反対です」

「そうです。早急に撤回するよう求めなければなりません」

全国各地で銃撃戦が起きた旨のテロップが流れた。現場の中継映像が流れ始める。

「こちらは新宿警察署です!現在、新宿駅西口広場にて、銃を持った男たちによる立て籠もり事件が発生しております。犯人グループは自動小銃を所持しており、非常に危険な状況です!繰り返します。現在、新宿駅西口広場にて、銃を持った男たちによる立て籠もり事件が発生しております。犯人グループは自動小銃を所持しており、非常に危険な状況です!」

「もう終わりだ……」

スタジオ内の全員が青ざめた。

「次のニュースです。昨夜、都内のホテルで発生した無差別銃撃事件に関連して、新たに三人の容疑者が逮捕されました。警視庁の発表によると、三人のうち二人は日本人、一人は中国系アメリカ人とのことです。なお、逮捕されたのはいずれも過激派組織『世界革命戦士団』……」

その日は臨時ニュースが途切れない時はなかった。

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