第31話「食わず嫌い」
さる歴史学者が言った。
「国民が『食わず嫌い』をする傾向が強くなったら、その国はやがて相対的に凋落してゆくのだということを肝に銘じてもらいたい」
「…………」
なるほど、と思わされたものだ。たしかにそうかもしれない。金がかかるから、リスクがあるから、大変だから……。食指を動かしてみない、体験してみない。そしてそういう人が増えているのは事実だろう。
だがしかし、だ。
たとえばこの私もそうだが、若いころにはいろいろと冒険をしたものだった。親の反対を押し切って外国へ行ってみたし、山登りやカヌーにも挑戦した。失敗もしたが、成功したこともあった。
しかし今、私は何に挑戦しようか? いっこうに思いつかないのだ。
これはちょっと危ういことではないのか。リスクを避けて安全パイばかりを狙っていたら、人間は退化する一方である。
ある作家がこんなことを言っていた。
「自分は最近、小説をあまり書かないんですよ」
どういう心境の変化だろうかと思って聞いてみると、こうだった。
「だって、『食わず嫌い』をする人があまりに多すぎるでしょう。一度くらいはやってみなくちゃいけないなあと思いましてね」
それはまさに正しい意見であり、忠告であろうと思うのだが……。
テレビをつけっぱなしにしていると、時々とんでもない番組に出会うことがある。たいていはニュースとか天気予報なのだが、ごくまれにそれが映画であったりドラマであったりすることもあるわけで……これがまた結構面白いことが多い。
先日、私が見たのもその手の番組であった。
内容はこうだ。
「今夜の九時五十五分、XX衛星第2放送において、あなたの常識を覆すような映像が流れます。ぜひご覧になってください!」
なんとも大仰な煽り文句ではないか。
私は最初、何かの詐欺ではないかと疑った。しかし考えてみれば、「常識を覆す」という形容詞がついている以上、そんなに怪しげなものではなかろうと思った。そこでチャンネルを合わせてみる気になったのである。
画面に現れたのは女性キャスターの姿。背景はどこかのビルの屋上らしい。彼女はカメラに向かって言う。
「ただいまより、あの有名な『宇宙エレベーター』に関する特別番組をお送りします」……なんだ、あれか。
一瞬ガッカリした気分になったが、よく見るとどうも様子がおかしい。その女性は続ける。
「ご存知の方も多いと思いますが、『宇宙エレベーター』とは宇宙空間に浮かぶ人工のケーブルのことです。地球と月を結ぶ全長三十キロメートルのケーブルがあり、それを昇降機として利用する計画が進められています。この度、ついにそれが完成したということです! さて、中継を見てみましょう……」
画面に映し出されたのは、巨大な塔のようなものだった。長さは数十メートルはあるようだ。かなり太い鉄柱が何本も空へ向かって伸びており、その間に白いロープ状のものが渡されている。その先端はかなり高いところまで登っているらしく、雲の中に消えていた。
「ごらんの通り、地上から天に向けて伸びた鉄の柱の上に、シャトル型のゴンドラが設置されているのです。これを使って、人々は月まで行くことができるようになりました。この技術によって、人類は新たなステージへと進むことになるでしょう」
なるほど、これが例の映像か。しかし……。
「えー、現在、ゴンドラには乗客は乗っておらず、自動操縦により上昇中とのことです。もうすぐ見えてくるはずなのですが……」
女性がそう言ったときだった。
突然、画面が変わった。そこに現れたものは……宇宙ステーション?
「これは国際宇宙ステーションからの生中継です」
リポーターの声が入る。「おわかりでしょうか? 今、スペースシャトルの形をしたゴンドラが昇ってきました。これはすでに軌道上にある実験用モジュール、ミールとのドッキング・ハッチです」
ミールというのは聞いたことがある。確か有人宇宙飛行用の船の名前ではなかったか。
「これから、日米による敵基地攻撃実験を開始します」
「…え!?」思わず声を上げてしまった。聞き違いではないよな?
「ご覧下さい! まずはアメリカのミサイルが発射されました。続いて日本のロケットエンジンを積んだモジュールも点火しました。今、両者は無事にドッキングを果たしました。ご安心ください」
何を言ってるんだ、このレポーターは。
「これは軍事機密であり、決して口外してはならないこととされていました。しかし今回、特別に許可をいただき、その一部始終を録画したものを放送することになりました」
画面が切り替わり、ヘリコプターのローター音が聞こえてきた。見上げるようにすると、そこには……。
「……!!」
それは、奇妙な光景だった。
「ご覧のように、両国の戦闘機が空中でドッキングしています。もちろんこれは演習ではありません。実戦における初めての試みです」
たしかにそれは異様な眺めだった。
「これは『スカイフック』と呼ばれています。大気圏内でありながら、軌道力学上の制約を受けない空間、それが『スカイフック』です。つまり、ここからはどんなに遠くても三時間以内であれば、自由に飛行することが可能なのです」
いや待ってくれ。いったいこれは何なんだ。
「今、目標への攻撃を開始します」画面が切り替わった。今度は何かの施設が映っている。
「ご覧下さい。これが対弾道ミサイル迎撃システム『XB-0』です」
私は息を呑んで見守ったが、画面には何も変化が起きなかった。しばらくすると……。
「失敗ですね。標的に対して赤外線ホーミング方式による攻撃を行いましたが、残念ながら命中しませんでした」
いかん、頭が混乱してきたぞ。
「なお、この『スカイフック』の原理については、まだ詳細はわかっておりません。今後の研究次第では、将来、地球上のあらゆる地点において、『スカイフック』を利用することが可能になるかもしれません」
ここで番組は終了した。あれだけ大層なことやっておいて失敗かよ!どう考えてもインチキくさい。だが、あのアナウンサーは真剣そのものの顔をしていた。それにあの番組は生放送ではなく収録のはずだ。ということは……まさか本当にあった出来事なのか? しかし、だとしたらどこの誰があんな映像を撮っていたのだ。
「国民が『食わず嫌い』をする傾向が強くなったら、その国はやがて相対的に凋落してゆくのだということを肝に銘じてもらいたい」
「…………」
どうやらこの国の政治家は「食わず嫌い」なんてしていないようだ。
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