第8話


 その後のナオト達は無事減速し、あと数キロで学園都市の圏内に入るところだった。


「減速完了・・・あとは旋回しつつ高度を下げて、後部座席のみ外装展開っと」


 そして、後部座席に座る二人をおおうように、内部は金属製の間仕切りが現れ、外側は後部ハッチの強化ガラスを隠すように、外装でおおわれたのだった。それまでは前後に乗る者の姿が見えていたが、高度を下げるに従い、エアバイクの形状は従来型の形状に変化していった。

 これも一応、軍部向けの〈複座型エアバイク・特装タイプ〉の範疇はんちゅうに含まれるが、この手の代物は個人所有が許されておらず、私兵または軍関係の所属を書類に記載しない限り所持出来ないでいた。

 それというのも、この世界には車検と呼べる物が存在しない代わりに、どのタイプのエアバイクを所持しているか書類として王家に知らせる義務があったのだ。

 とはいえ、三人の乗るエアバイクは従来の物とは一線を画するため、領主であるナオトの父は悩んだという。その結果、機体の所属を〈オーシャン辺境伯爵領/情報部所属〉とし、書類上の形式は〈複座型エアバイク・カスタマイズタイプ〉として記載されたのである。

 実際にこの機体はカスタマイズ系の部品を多く使っている事から外装だけ見ても判るのだが、油断出来ない点は三人乗りの複座型というのは類を見ない代物のため、外装で後部を覆う仕様としたようである。

 だから当然、背後に座る二人の会話も外には漏れず、ナオトにしか聞こえないでいた。


「やっぱり後部複座型って魅せられないよね〜」

「下手に気づかれると王家が買収するって仰有おっしゃってましたもんね?」

「買収だけならまだいいけどな? 金が入るから。でも一番厄介なのは軍部からの接収だ」

「「あぁ・・・」」


 今は高度を下げつつ学園都市のエアバイク乗り入れ場へとナオトは向かっていた。

 そこでの書類審査に問題がないなら乗り入れも可能なのだが、ナオトの言う「接収」とは、この先の審査場で行われるため、今は三人共が戦々恐々の面持ちで待機している状態だった。


「仮に審査に通っても、これから入る学園都市は軍部の管理下で、貴族として監視下に置かれなくても、無闇に外を走れなくなるという弊害が付いて回るからな」

「そうだったわぁ〜」


 ナオトは待機の間にヘルメットのバイザーだけ上げて口元と耳を防音シャッターで塞いだ。

 これも会話を無闇に聞かれないための措置だった。

 現にそばには兵が巡回に来ており、オカシナ挙動をしている者が居ないかジロジロと眺められていたからだ。

 すると、後部座席のセナが、泣き喚くユウキをなぐさめながら問い掛ける。

 後部座席の強化ガラスは外の景色を投影する仕組みがあるため、兵が居なくなった頃合いで問い掛けてきたのだろう。


「泣かないでください。お姉様・・・ということは新規で機体を買わないとダメなんですか?」


 ナオトは兵達の動向を把握しながら、セナの言葉に応じる。


「機体か? 元々買うことが前提だから問題ないぞ? 資金も口座に蓄えてるし」


 すると、ユウキが涙を拭いつつ買う物を指定しようとした。


「それなら・・・」


 しかし、ナオトはあきれながらも現実を思い知らせたのだった。


「たちまちはベーシックな? カスタマイズを買うにはそれ相応の結果が必要になるから」

「そうだったわぁ〜」


 そして、ナオトは大まかな方針を二人に伝え、音声を切って審査場に入っていく。


「だからこの一年間で準備する事はパーツを出来るだけ集める事かな? どのみち、こちらも二年間の間にバラして整備しないとダメだと思う。結構ガタが出てるはずなんだ。俺も音速を超えるとは思ってもなかったからな。セナにとっては勉強の成果を活かせるからいいけど」


 ナオトからの音声が切られた事を把握したユウキは溜息を吐きつつ状況を見守り、背後に座るセナへとエールを送る。

 その間に自動操縦へと切り替え、操縦桿から手を外し・・・両手を頭の上にあげてワキワキと動かした。


「そっかぁ・・・セナちゃん頑張ってね? 夜伽は私が手取り足取り教えてあげるから」

「へ?」



  §



 そうして、一通りの検査の後、ナオトは持ち込み許可証をいただき、家のある居住区画まで移動を開始した。


「ふぅ〜何とか審査完了。車重が少し重かったか・・・やはりパーツの何処どこか、ダイエットさせないとダメかな? なぁ? ユウキ?」

「わたしぃ!? これ以上何処どこをダイエットしたらいいの!!」

「ユウキの身体の事じゃないぞ? まぁ、強いて言うなら、下腹周り?」

「やっぱり私の事じゃない!」


 移動中は苦笑するナオトと冗談と知りつつも反応するユウキのコントが始まったが、それを本気と捉えたセナが、ユウキの背後から横腹を突っつき黙らせる。


「まぁまぁ。落ち着いてください」

「っつ!?」

「車重検査って割と大雑把だと有名ですし、気にするだけ損ですよ? あるとすればトランク内の検査だけですから」

「だろうな・・・それよりも見えてきたぞ? 俺達が住まう家だ・・・」


 それからしばらくすると、ナオト達の住まう家が見えてきた。

 その外観はある意味で異物ともとれ、他の貴族家が穢らわしいと叫ぶ理由がわかる代物だった。


「というか、お義父様・・・時代背景を理解してるの? 洋風建築の中で雑居ビルって」


 そう、ユウキが言う通り、彼等の家は三階建ての雑居ビルだった。

 とはいっても表側、外観だけは・・・だが。

 逆に内観の方は贅沢の限りを尽くし、地下階と一階にはセナ専用の整備場が設けられ、二階には商会店舗が置かれ、三階には三人の住まう家が入っていた。そして、屋上には地下階へと通じるエアバイク専用のエレベーターが設けられ離発着が常時可能なものとなっていたのだ。

 もちろん、一階には家主専用のシャッターと玄関、店舗までの外階段が設置され、エアバイクの乗り降りと馬車の出し入れが可能となっており、エレベーター脇には商会と三人用の馬が過ごす厩舎付きだった。

 ナオトはユウキの反応を余所に屋上の離発着場へと着陸し、鍵に追加したボタンを押してエレベーターを動かし、ユウキの言葉に応じながら、エレベーター内へとエアバイクを収納するのだった。


「どうだろ? ウチならこんな物も出来るぞ! って示したかっただけじゃないか? 建てる時も領内の技術者総出で建てたそうだから。実際、ウチの領地のほとんどが近代建築だらけだから今更な気もするが・・・」


 その後はエレベーターで地下階へと降りた。

 ナオトはエアバイク専用の駐機場へと駐めて、モードを電動バイクへと切り替える。

 直後、底部外装が開き車輪が現れ・・・各種外装も本来の位置に戻り、前後ハッチの気密ロックが解除されると、後部座席からユウキとセナが降り、前部ハッチを開いたナオトは鍵を抜いて荷物を取り出した。

 すると、ユウキとセナが驚きながら建物内を見回した。


「近代建築って・・・中身は完全に現代建築よね?」

「見た目ありきじゃないって事だろ? だがせめて、外装は白で統一して欲しかったが」

「この古ぼけた色を使ったのも誤魔化すためかも知れませんね? 建築様式自体がこの世界の基準とはかけ離れてますから」


 セナは壁面を触り違いを察していた。

 ナオトはセナの左隣に立ち壁面に触れて意味深な言葉を口走る。


「まぁ地揺れがあっても壊れない作りだからなぁ・・・」


 セナはキョトンとし、オウム返しでナオトに問い返す。


「地揺れ?」


 しかし、問い返しに応じたのはユウキだった。


「経験ない? 地面の奥底からグラグラと揺れる現象の事だけど」

「知らない、です・・・」


 セナは現象として知らないからかションボリした。

 ナオトはそんなセナの頭を撫でながら、困った顔で先々を幻視する。


「それなら、この世界の人間は地揺れがあったら酷い事になりそうだな」


 ユウキも同じような顔で溜息を吐き、意味深な言葉を呟いた。


「なるでしょうね? はやくとも五年後までに何とかしないとね〜」

「へ? も、もしかして、ですが?」


 それを聞いたセナは怯えるように二人に問う。

 すると、ユウキは確定とでもいうように・・・


「来ると思うよ? 五年後にデッカイのが」


 ナオトは不確定とでもいうように言葉を誤魔化した。


「まぁ、あくまで可能性の範疇はんちゅうだがな」


 それはゲーム内シナリオの内容なのだろう。

 日本人には馴染みがあれど経験なき異世界人には耐えられる代物ではないのだ。

 何より、この世界・・・否、この惑星は人が移り住んで、はや7352年経っており、その時々ですら一度も揺れてないのだ。

 それが来るなら対応すればいいが、今は予兆すら観測出来ないのだ。

 だからこそ、辺境伯領だけでも護りに入っても不思議ではないだろう。

 無ければないで問題はないのだから。

 仮に問題と定義するなら地揺れが来る事を大っぴらに言えない事だろう。

 嘘を吹聴したと騒ぐ貴族が湧く・・・それだけは避けなければならない事態なのだから。

 十年後を見据えるなら内戦など不要と、二人は思いながら先々を思案していたのだった。



  §



 ともあれ、その後の三人は個々に荷物を降ろしながら、工具以外を床に置いていく。

 大型工具は地下階と一階にもすでにあるが、セナの手に馴染む小物だけは、この場に置くようだ。

 すると、ナオトが全ての荷物を担ぎ、移動を開始する。


「さて、作業の前に荷物を部屋にもってくぞ?」

何処どこから上がるんです?」

「こっちよ。右が非常階段で左が人員用のエレベーターみたいね」


 セナは不慣れなためかアタフタと二人の背後に付いて行く。

 ユウキはエレベーターのボタンを押して、降りてきた箱の中へと進んで入る。

 ナオトも荷物を担いだまま中へと入り、セナは怖ず怖ずという様子で箱に収まった。

 しばらくすると三階に着いたのか・・・ナオトは廊下の周囲を見回して思案しながら口走る。


「エアバイク用も通常は資材搬入用で使えるみたいだな? 搬入は主に一階のシャッターからだろうが」

「そうね? 大物を買った時はそちらを使いましょうか」

「だな。まぁ、ある程度は搬入されてるだろうが」


 すると、セナが廊下をキョロキョロと眺め、奥側にある部屋に意識を割いた。

 そして、指をさしてナオトに質問する。


「こちらの部屋は?」


 ナオトは今は住人が居ない部屋として、持ち主を明かす。


「そっちは二ヶ月後に来る、新人メイド長と侍女達の部屋だな」

「アンナさんが一大出世って喜んでたよね〜。カナリア姉妹も」

「ホ、ホントにな?」


 ユウキは当時を思い出しながら微笑んでいるが、ナオトとしては苦笑するしかなかった。

 それは、本来であれば三人にメイドは不要なのだが、貴族の子息子女が誰も連れてないのは問題があるとして、ナオトにはカナが、ユウキにはリアが、セナにはアンナがそれぞれの侍女として配置に付くのだ。

 ただ、カナリア姉妹はナオトに懸想しており、ユウキとセナの手前我慢しているそうな。

 このカナリア姉妹も寄子である伯爵家の娘達で、立場的にはユウキと同じ家格である。

 だが、ユウキはナオトの従妹扱いのため、同じ家格でもユウキの方が上なので、第三、第四夫人になるべく、夜伽の方で切磋琢磨しているようだ。

 ちなみにユウキとセナはカナリア姉妹の懸想を知っており、ナオトに内緒で婚姻協定を結んでいるのは別の話である。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

18歳ゲーヲタ夫婦、異世界で第二の人生を楽しむ? 白ゐ眠子 @shiroineko_ink

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ