第7話


 オーシャン辺境伯領都から出発して数時間が経った頃。

 ナオトは周囲が明るくなって来たので背後で黙る二人に声を掛ける。


「ユウキ、セナ? そろそろ休憩入れるか?」

「う、うん。ちょっと、お花摘みに行きたいかも」

「わ、私も行きたいです」

「なら適当な場所に着陸すっか」

「「うん」」


 早朝は少々涼しかった程度だったが、上空を進むという事は身体が冷えるため、厚手のパイロットスーツを着ているとはいっても耐えられる寒さではなかったようだ。

 そのため、常時〈転換炉〉の真上で操縦していたナオトはともかく、後ろに座る二人には暖かさが足りなかったようで、ナオトは着陸地点を探しながら一人思う。


「(背後にも暖気を送る仕組みが必要か? エアダクトの予備があったから空気清浄器と電熱器を繋いで外気を取り込むか? 吸気孔のシャッターを開けて予備穴にネジ止めすればいけるだろう・・・ま、とりあえず着地してから取り付けるか)」


 その間の二人は真っ赤な顔で身震いしながら片手を股に寄せていた。

 ナオトは何も無い殺風景な草原に着地し、二年間で開発した機能を総展開した。


「着地! 翼収納っと、前後ハッチの気密ロック解除! それと、迷彩傘射出っと! 展開距離は半径50メートルっと。いいぞ降りても!」


 それは迷彩傘と呼ばれる円形隔離フィールドや、遠隔地に居ても通話が出来る音声通話機能、発電した電力を用いて蓄電する小型バッテリーなどだった。

 ちなみにそれに組み込む物質もこの世界ではすでに実用化されており、大型バッテリーなら学園都市に存在するが、小型バッテリーやらヘルメットの通話機能等は実用化に至っておらず、現物はオーシャン辺境伯領でのみ試験品が出回っているだけであり、領内に潜んでいる間諜からの情報を得た王家のみが購入に来る以外は誰も見向きもしていない物だった。

 それもこれもナオト達の知識の結果だったりするため、領民達は三人に感謝はすれどけなす者は一人も居なかったようだ・・・ともあれ。


「「待ってましたぁ〜」」


 そう言いつつ二人は慌てて飛び降り、ナオトの目と鼻の先で致していた。

 このパイロットスーツも三人が開発した素肌密着型スーツだが、その全てが男女共に局部だけを解放する形状となっており、脱がずともいいのは助かる話でもあったようだ。


「よっぽど辛かったみたいだな・・・まぁ俺に見られても気にしないあたり、女棄ててんなぁ」


 ナオトは二人の様子を苦笑しつつも眺め、ボソッと呟く。


「「棄ててないよ!!」」


 だが、未だに音声通話が繋がっていたらしく二人の絶叫がナオトの耳に木霊したようだ。


「バッテリーは良好か・・・耳が痛い。さて、俺は今の内に」


 そう言って、ヘルメットを被ったままのナオトはAP値同調率の0%を確認し、VP値気化量が100%の間にエアバイクから降りて、前部トランクから必須部品と工具を取り出した。

 このVP値気化量が100%である内は〈転換炉〉もアイドリングだけで発電するため、光学迷彩が落ちる事はないのだ。

 ただ、この状態でアクセルを回そうものなら〈転換炉〉前の〈分岐供給路〉が稼働し底部に存在するエアバイクの〈混合炉〉に繋がるため、ナオトはアクセルを施錠して作業を行った。

 しばらくすると、手洗い用の水筒を使っていた二人がナオトの元に戻ってきた。

 ユウキは落ち着いた様子でナオトに問い掛け、セナは興味津々で作業を見つめていた。


「どうしたの? 吸気孔をいじって?」

「ん? 暖気を送る経路を用意してるんだよ。俺は〈転換炉〉の真上だからそこまで寒くないんだが、二人はそういうワケにはいかないだろう? だから気密ロックを掛けた段階でスイッチが入るようにってな? 夏場ならそのままの空気を送るから長距離でも問題ないだろ?」

「それってエアコンを付けるってこと?」

「いや、熱交換器の開発は間に合わなかったから、空気清浄器と電熱器でな? 仕組みとしてはドライヤーだが」

「なるほど。それならアリかもね? 熱交換器だと内外経路を用意しないとダメだから」


 ユウキはナオトの言わんとする事を即座に理解した。

 すると、セナが興味津々のまま手を上げて質問する。


「あ、あの! 先ほどから言ってるエアコンとかドライヤーってなんですか?」

「エアコンは空調系の道具で、ドライヤーは濡れた髪の毛を乾かす道具ね? さっきもチラッと言ったけど、エアコンの場合は・・・」


 セナの質問に答えたのはユウキだった。

 ナオトは作業のかたわら、ユウキの説明を聞き流し、首肯するだけに留めた。

 ユウキの説明に割って入ると長引きそうだったため、黙ったともいう。


「最後に、セナ? 経路チェックたのむ」

「はい! 任されました!!」


 最終的な作業が終わるとセナに検査を行わせるナオトだった。

 これも、一種の異世界知識を教え込ませる手法である。

 実はこの三ヶ月もの間にセナは一族の者が異世界からの転生者と知り、その知識に惚れ込んだのだ。それと同時にナオトにも心を開き、裸で添い寝までは行っていたようである。

 その証拠にAP値同調率がユウキと同じく100%をたたき出した事で、一時期ユウキとのAP値同調率が80%に落ち込んだ事もあったらしい。

 それものちのち、ナオトの献身で元に戻ったため、ナオトはユウキの尻に敷かれる事を良しとしたようである。転生前はユウキの尻へと直座りしていたナオトが・・・だが。

 その間のセナは視認したり検査機に通したりして状態を把握していた。

 そしてオールグリーンの結果が出た事でナオトに報告した。


「問題ありませんでした!」


 ナオトはセナの頭を撫でながら、ユウキ達に提案する。

 時刻として朝食時だったためだろう。


「そうか。良かった。でもその前に朝食・・・食うか?」

「「異議なし!」」


 三人はエアバイクの座席に座りながらショートブレッドと水をいただいた。

 どうもこの兵糧の類似品だけは未だに用意出来なかったので、ユウキとナオトは非常食として確保していた物を全部持ってきたらしい。

 そして、この世界の水は浄水器や煮沸なしで飲むと腹を下すため、ペットボトルの水は重宝したともいう。

 なお、ペットボトルを初めてみたセナは画期的だと大喜びしていたようだ。再利用する仕組みは確立してないが、洗えば何度でも使えるため、よく冷えたお茶を淹れているようである。



  §



 食後のナオトは片付けを行いながら、ヘルメットを被り直し背後の二人に問い掛ける。


「どうだ? 朝食中も温風は入ってたと思うが?」

「セナ、問題ないね?」

「はい。お姉様!」


 ナオトは二人の満面の笑みを受け、安心した顔で二人に提案する。


「そっか。まぁまだ寒くなる時期だから、 SP値体力量CP値集中力がある内にひとっ飛びするか」


 すると、キョトンとしたセナはともかく、ユウキが心配気に問い返す。


「それって途中の領地を飛び越えるって事?」

「ああ。面倒な領地は通らないに限るってな? 割と無視して素通りする家も居るらしいし、王都西側が俺達が所属する〈ウエストディビジョン/ウエストエッジ〉だから、今日中には着くんじゃないか?」


 ナオトは父親の注意を思い出しつつ、三ヶ月の距離を一日で抜ける提案を行った。

 ちなみに彼等が住まう予定の学園都市の名前は〈ウエストディビジョン〉。

 それは王都の周囲、東西南北に存在する学園特区の事で、貴族に限らず平民でさえも入校可能な士官学校の集合都市である。

 そして、ナオト達三人が所属する士官学校の名前は西の端に存在する事から〈ウエストエッジ〉と呼ばれ、王都に住まう者が集まる〈イーストエッジ〉と異なり、田舎貴族が集まる士官学校として有名だったりする。

 他にも〈セントラル〉〈ノースエッジ〉〈サウスエッジ〉も有ったりするが、それは個々に住まう領地の位置が関係しているため入学前から差別的な関係が決まっているようだ。

 すると、ユウキはナオトの提案を聞き、怪訝なまま問い返す。


「相手の面子とか大丈夫なの?」


 それはこの世界に来た当初の事を思い出しての事だろう。

 ナオトもユウキの気持ちを汲みながら事情を打ち明ける。


「父さん曰く気にする必要はないんだと。今はまだウチの領内だから抜けるなら、今ってな? それに大半が下級貴族達だから」

「なるほどね・・・途中の家だと確か・・・セナ、判る?」

「はい。まず、最初に・・・私の親戚だったメルパ騎士爵領、悪徳なマルズ子爵領、小判鮫一号ライノ男爵領、二号モヤイ準男爵領、三号スーベル男爵領ですね。直通ルートで抜ける家々の領地は・・・ですが。他のルートで行くと上級貴族の領地を通るので流石に素通りとはいきませんが」

「ホントに碌でもないね? 親戚だったという事は・・・」

「ええ。私の後見人になるつもりが無かった裏切りの本家です」

「まぁそのお陰でセナを迎える事が出来たから、俺からすれば感謝だが」

「何? のろけ?」

「のろけってな? 俺からすればユウキとセナは大事な嫁だ! 甲乙付けられるか!」

「嬉しい事、言っちゃって〜」

「少し恥ずかしいです・・・」

「とりあえず話を戻すが・・・ブーストしてもいいか?」

「「異議なし!」」


 ともあれ、途中ではユウキによる賑やかしもあったが、三人は面倒領主達の頭上を抜けるルートで素通りする事としたらしい。これは余計な宿賃を落として色々難癖を付けられないためでもあるのだろう。

 実際に〈ウエストディビジョン〉に三人の家を作る時もその家々は文句を垂れたそうだから、入学後も絡んでくるのは明白なのだ・・・そう、セナを奪われたと騒いだ裏切りの本家まで、隣の辺境伯家に楯突いたそうだから。

 そうして、その後の三人は出発準備を行い、一度上空に漂った。


「では、しゅぱ〜つ!」

「「しんこ〜!」」

「とりあえず各種計器問題なし。シートベルトは付けて、対Gブランケットだけは両足に巻いておけよ? 一度でもブーストするとモヤイ準男爵領の直上までは制動を掛けないからな? 暖房も一旦切るな? 入ってくる空気量が不明だから」

「「はーい」」


 ナオトは緊張した面持ちで初めてとなるがブーストを行う事とした。

 漂っている間は内部を徹底的に暖めていたようだが、ある程度するとナオトは吸気孔のシャッターを閉じてロックし、二人の首肯の後、カウントダウンを開始する。


「光学迷彩始動、初期加速開始、姿勢制御・・・オート切替完了、翼収納開始、ブースト、5、4、3、2、1! スタート!」


 すると、その直後・・・周囲には見えないが多段的な衝撃波が3回発生し、あっという間にモヤイ準男爵領の上空に到達したため、ナオトは予定どおりブーストを止め、翼を拡げながら機首を下げ、減速を行いだした。

 だからだろう、あまりにも衝撃的だったため、ナオトは唖然あぜんとしつつもユウキに話し掛ける。


「なぁ? これ、音速超えてね? 対Gブランケットのお陰で意識は失わずに済んだが」

「超えてたね? これは家に着いたら一度メンテナンスしないと・・・何処どこにガタがきてるか判らないよ? 衝撃波って凄まじいから」

「だな。セナは生きてるか〜?」

「ほぇ? 大丈夫ですぅ〜」

「驚き過ぎて漏らしてないよな?」

「少ししか・・・いえ、漏らしてません!」

「漏らしたか・・・まぁ吸水材用意してて正解だったか?」

「そうね〜。あの日とか助かるけど〜」

「漏らしてませ〜ん!?」


 会話は少々下ネタに変化したが、三人の意識は正常だったらしい。

 ただ、一日で着いた事もあり、三人の今後の予定でいえば、入学までの三ヶ月間はエアバイクの総点検に時間を取られる事になるだろう。

 ちなみに初めての衝撃波の直撃を喰らった地域では領主がひっくり返り、一瞬のストレスで髪の毛が抜けたらしい。それはメルパ騎士爵領、マルズ子爵領、ライノ男爵領の者達であり、敵襲かと勘違いして、抜ける髪を気にしながら外を見回したそうである。







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